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■■■ 「古事記」解釈 [2024.4.24] ■■■
[868]読み方[38]
「水鏡」は上巻の最終段 【第卅一代】欽明天皇は聖徳太子譚開始の役割を担っており、中巻冒頭の聖徳太子譚の段(【第卅二代】敏達天皇 【第卅三代】用明天皇 【第卅四代】崇峻天皇 【第卅五代】推古天皇)に繋がるように記述されていることをとりあげたが、「古事記」には、ここらはなんの記載も無いので、比較する意味がほとんどなさそうに思いがち。

ところが、この情報があるからこそ、「古事記」下巻🈝(㉖袁本杼命〜㉝[妹]豐御食炊屋比賣命)が語ろうとしていることが見えてくる

と云うのは、「水鏡」上巻では、【第廿七代】武烈天皇と【第廿八代】繼體天皇の間に"切れ目"が存在するようなストーリーになっているとは思えないからだ。これは政治的事績に一切関心を示さないスタンスをとる以上当然の結果。
ところが、太安万侶流では、政治構造変化が皇位継承に大いに影響を与えているとなれば、そこらについて記載する必要がある。とはいえ、㉖袁本杼命から始まって、その後の皇位争奪戦はますます熾烈を極めているから、少々のコメントで皇位継承の動きを示すのは極めて難しい。
そこで、逆に、事績を記載しない"期間"を示すことで、その察しが付く様にしたのでは。

そんなことに気付かされるのは、この"期間"に例外1件(竺紫君石井)があるから。

そうなのである。
竺紫君石井の前後で時代は大きく変わったのだ。

それをいみじくも表現しているのがその直後の天皇名と云えよう。・・・
  ㉗[御子]廣國押建金日王
  ㉘[弟]建小廣國押楯命
  ㉙[弟]天國押波流岐廣庭天皇

倭国の政治構造は大陸に比べて格段に"遅れている"(国司-稲置は半独立地方組織。)ことに気付かされたのがこの叛乱。
朝廷としては国家体制刷新不可避ということで、≪帝専制-官僚統治≫への道をひた走りということになる。それは、皇位継承争いがさらに激化することを意味する筈だが、たとえ血で血を洗う様になっても中央集権国家化を実現しようとのコンセンサスが生まれていたことを意味しよう。

「水鏡」は仏教国としての皇統記載に留まるので、見えてこないが、帝を護る宗教ということでもあり、帝に絶対的に従う官僚制構築を進めていたのは間違いない訳で。そして、それが㉝[妹]豐御食炊屋比賣命代に入って、どうやら目途がついたということになろう。


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