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■■■ 「古事記」解釈 [2024.5.5] ■■■
[879]読み方[49]
「古事記」を称賛する人は少なくないが、その理由は、もっぱら、口誦伝承を受け継いでいるという点にある。
しかし、その文章は全面的に漢字だけで成り立っており、漢文読み(動詞語順、返読文字と数々の助字の使用。部分的に漢字が意味を暗示しながらの表音文字となることも。)から離れた用法がなされている訳でもない。従って、国史の漢文とは大きく違っているのは確かとはいえ、口誦言葉がそこから読み取れると言えるのかは、実はなんとも言い難し。(一意的に読み下せない。もともと、参考になる古書を欠くので古代読みは想像の範疇を超えるのは難しい。)

しかし、この文字化手法こそが「古事記」の最大の価値。

太安万侶が苦吟して創出した作品だからだ。
しかも、その主題は勅命で神統譜・皇統譜たれと与えられているなかでの表現であることが、なににもまして素晴らしい。内容は単純にならざるを得ない筈にもかかわらず、全面創意に満ちているからだ。

繰り返しになるが、この観点で上・中・下の構成も実によくできている。(間違い易いが、あくまでも皇位継承にあたっての、天皇としての評価はどういう点が重視されるかを描いているのであって、各天皇の性情はその意味で取り上げられていることに注意を要する。例えば、当該天皇が聖帝であること自体が重要な記述事項という訳ではない。聖帝か否かとの評価視点が表立つ社会になったことを描いているだけ。当然ながら、社会的評価が低い天皇が存在することもありうる訳で。)
要は、中巻代の評価基準は地魂の力を制御できる覡/巫師的能力だったのが、インターナショナル化の波に洗われて一変したことになろう。もちろん、上巻はネコでなく、イリの神の時代ということで、倭国という概念自体が生まれていない。

ついでなので、もう一言付け加えておこう。・・・

「水鏡」は、歴史物語とされている。実態としては、公定漢文で記載されている国史類から、著者が気になった事績を抜き出し、矛盾部分を解消させた皇統譜でしかないが。但し、序文によって、和文の物語調に書き改めて、インターナショナルな時代性を付与するために仏教史から参考年代的に一行コメントを挿入してあるのが一大特徴。
武家政権時代に成立したが、口誦叙事の文字表記本たる「古事記」の流れを汲んでいそうな書は現時点ではこれ以外にないようだ。・・・「古事記」の類書は生まれなかったのである。

そして「水鏡」の後続も無いようだ。
歴史とは、襟を正してお上からお伺いするもので、口誦型文書で記述するなどもっての他との通念があるのかも。
ところが、その一方で、現代日本では、「古事記」の漫画化や、文体を通俗的なお話にすることは大流行り。さらに、全面的に「水鏡」調に書き換えたベストセラーまで生まれている。もちろん、現代の倫理感と一般道徳からの、語り部のコメント入りだから、見かけと違って、ほとんど翻案小説に近いと言わざるを得ないが。芥川龍之介は、そうした手法の適用を試みたものの、自ら失敗したと語っているが、こちらの現代書は大成功と言ってよさそう。

こんなことをわざわざ書くのは、現在でも、「古事記」は歴史書とされているから。

並列的に、国史が存在する以上、本来的には無用の書の筈で、これだけでも極めて不可思議。偽書との主張が生まれるのも道理。
中華帝国なら、この手の書は、保管するだけで重大な反逆罪に相当する。情報管理は、国家存立上の要でもあるから当然のこと。従って、「古事記」は、国史完成後に消滅させられてもおかしくない。(これは中華帝国では国史に限らない。超立派な仏典貯蔵庫が用意されたものの、翻訳完成後はすべて原書は焚書の憂き目となる。仏教は皇帝が管理するのだからそうならざるを得ない。社会安定を第一義とする儒教の独裁国家である以上大目に見るなどあり得ない。)・・・ところが、日本国では、中華帝国に倣って中央集権化を進めた筈なのにそうならない。誰が、どんな目的で「古事記」を大事に所蔵し続けたと推定されているかの解説を見かけないので、この辺りの事情はさっぱりわからないものの。

ただ、「古事記」を神統譜-皇統譜と考えれば、保管され続けても、驚くにはあたらない。
国史と併存していると思いがちだが、国史に不可欠である≪系図≫(1巻)は完成している筈なのに、この部分だけが欠落しており、何も伝わっていないからだ。
つまり、「古事記」の神統譜-皇統譜は朝廷から公的に承認されたものではないとの意思一致が早くから図られたことになろう。あくまでも、それは天武天皇が聞いた語りと、臣下が帝に提供した備忘録ベースということになったということか。そう簡単に片づけられる問題ではなさそうだが。
(尚、「弘仁私記」には、この"帝王系図"一巻を含めた「日本書紀」が図書寮・民間に見在と記載されているそうだ。わざわざこの巻を記載しているので、この時点で、一般には、系図部分だけはすでに見れない状態だった可能性もなきにしもあらず。氏族祖の割註は、騒動の火種となるのは自明だから。・・・常識的には、「新撰姓氏録」が成立してしまうと、「系図」にそれとの齟齬があれば、非公開化に踏み切らざるを得まい。)


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