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■■■ 「古事記」解釈 [2024.5.17] ■■■
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「古事記」序文は純漢文。公的文書として献納する以上その手の文章が付属して当然だと思う。
特に、勅命で編纂した経緯と、文字化方針といった書誌的内容が欠落してしまうと、眺めた途端に意味不明な怪奇な書と見なされかねないので、添付でなく上巻直結としたのは判断として大正解。

しかし、冗長過ぎる、と云うか、余分と思われる箇所がズラリ。

それでも、㊃<㊸(今上)皇帝陛下への讃>はそれなりにあってしかるべし部分。
仏教推進者でもあり政治的指導力を発揮している状況に対する寿ぎは、対中華帝国外交や仏教伝来に全く触れていない書を制作してしまったが故に、必要としているとも言えるからだ。

しかしながら、本文と嗜好が異なるとしか思えない冒頭のガイストの箇所㊀<混元〜飛鳥>は、違和感を与えることになりかねないから、その意義がよくわからない。
それに輪をかけるが如く、口誦伝承の勅命を発したとはいえ、皇位争奪戦での勝利の寿ぎたる㊁<㊵御大八洲天皇御世>も、わざわざ創作する必要があるのかはなはだ疑問。

これらの漢文は、いずれも漢詩調の練りに練った作文であることが一大特徴。
口誦倭語の文字表記化の書に、わざわざ漢詩でもなかろうに、とついつい思ってしまう。

ところが、逆転の発想で臨むと、こうした姿勢に納得感が生まれてくる。・・・
韻文表現とはどの様なものか考えて欲しいとのメッセージと見なすのである。

倭文は、拍音言語であり、文節言語とは全く異なっており、四声や韻、文字数で情緒表現はできないことに十分注意すること、とのアドバイスでもあろう。
わざわざ、この様なことを伝えているとすると、「古事記」の地文は歌と一体化している韻文である可能性が高い。両者それぞれを独立させることは無理筋ということになろう。

いうなれば、口誦「古事記」には、全面的に音楽性があるということになる。
少なくとも、拍の取り方には、決まりがあり、その心地良さが<美しさ>であり、<愉しさ>でもあると考えたらよいのでは。
そうなれば、この拍に合わせた母音の≪響き≫こそが、音楽性を高める重要な要素だった筈。
8世紀初頭では、その感覚でかなり一意性のある読み下しができたと推測するのも悪くなかろう。

少なくとも、当時の読者は漢文素養度が高く、「古事記」を楽に読めた筈である。しかし、それは自動的に読み下せるということを意味している訳ではない。
音楽性の観点で読める力が要求されていたことになろう。


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