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■■■ 「古事記」解釈 [2022.11.20] ■■■
[歌鑑賞48]品陀の日の御子大雀
【吉野之國主等】16代天皇の帯刀剣褒め
本牟多能比能美古ほむたのひのみこ 意富佐邪岐をふささき 意富佐邪岐をふささき 波加勢流多知はかせるたち 母登都流藝もとつるぎ 須惠布由すゑふゆ 布由紀能ふゆきの 須加良賀志多紀能すからかしたきの 佐夜佐夜さよさよ
㊈8-5-5-(6-5)-(4-3-8)-4

    又吉野之國主等 瞻大雀命之 所佩御刀
    歌曰

品陀の日の御子  品陀の日の御子!
大雀  大雀!
大雀  大雀!
佩かせる太刀  その佩びたる大刀は
本剣  根本は(切れ味凄き)剣だが
末ふゆ  太刀先には膨れあり
冬木の  冬木立の
素幹が下木の  真っ直ぐ伸びた幹の下の方の木の如く…冬に伸びる孫生
さやさや  (そこらから)"サヤサヤ"と音がする

偉大なる頭領大雀!との掛け声でしかない歌と見る。
それが、辺境とのお墨付きの吉野之國の人々の生きていくための知恵の結晶なのだから。

ここらの認識が無いと、つまらぬ歌。それ以上に、何を詠んでいるのか解釈の糸口さえ見つかるまい。

吉野之國主は、下手をすれば土蜘蛛と見なされて全滅の憂き目となりかねない一族の筈。
それを逃れるために、大雀直属の親衛隊として馳せ参じている存在だろう。但し、宮廷組織に組み込まれていない、純粋の武力行使部隊である点がミソ。
見かけ大雀命の私兵的存在だが、俸禄頂戴の雇い兵ではなく、独立経済の軍隊であるから、なにがあろうとあくまでも一心同体的存在として動くことになる。

そのような軍人である吉野之國主から見ても、大雀命は珍しい太刀を佩びていたことになる。どこに注目したのかわかりにくいものの。
明白なのは、歌の末尾がいかにも擬音な点。太刀の鞘との掛詞だろうが、音がする仕掛けが施されていたことになる。
その音は大雀大権の時代の到来を意味すると寿いだことになろう。と言うか、吉野の軍勢が敵対者を始末する所存と上奏していると考えた方がよさそう。

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