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■■■ 「古事記」解釈 [2023.1.5] ■■■
[歌鑑賞94]見諸に築くや玉垣
【赤猪子】志都歌待たされ続けた、と
美母呂爾みもろに 都久夜多麻加岐つくやたまかき 都岐阿麻斯つきあまし 多爾加母余良牟たにかもよらむ 加微能美夜比登かみのみやひと
㊄(4-7)-(5-7)-7

    爾 赤猪子之泣涙 悉濕其所服之丹摺袖
    答其大御歌 而 歌曰

見諸に  (出自の地)御諸山に
築くや玉垣  玉垣を築いて
築き余し  築き余してしまいましたが
誰にかも依らむ  (そうなると)誰を頼みにしましょうやら
神の宮人  神に仕える宮人(である吾としては)

御諸山は祭祀者意富多多泥古が決められ国が平安になったということで、以後、音沙汰がなかったが、引田部の赤猪子の登場でそれが破られる。

赤猪子は未婚の巫女として御諸山での祭祀を司る役目を負って社殿を作っていたようにも見える。御諸山祭祀を復活させたということのようである。
このことは、美和之大物主神とは別神の祭祀が存在していたことを意味していそうな気もするが何の説明もないのでなんとも言い難しである。

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