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■■■ 「古事記」解釈 [2023.3.4] ■■■
[歌の意味37]歌の始原は出雲
「記紀」の歌の扱いの違いを知ると、様々なことが見えてくるので、国史に収載されなかった大国主命関連の歌をとりあげてみたい。📖非収載の国史挿入歌一瞥

国史プロジェクトは、大国主命に関する歌は収録しないことで意思一致したようだ。
速須佐之男命(素戔鳴尊)と阿遅鉏高日子根神(味耜婀膩須岐高彦根~)に関する歌もあくまでも参考記録としての扱い。・・・
日本国最初の歌は、天孫たる[4 瓊々杵尊]沖つ藻は 邊には寄れども さ寢床も 能はぬかもよ 濱つ千鳥よであるべきと衆議一致したと見てよさそう。国家プロジェクトであるから、高天原追放の罪人や被支配者頭領やその御子の神々の地が歌の故郷とされたのでは、立つ瀬がなかろう。極めて、常識的判断と云えよう。
しかし、日本国は天津神・国津~の併存社会と規定しているから、儒教国と違って全面的な抹消姿勢で臨むことはない。それに、中華帝国に於いても、反王朝的な詩の存在をある程度容認しているし、王朝系譜に繋がらない古代詩も断片ながら保存記録していることの影響もあろう。
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│≪速須佐之男命@須賀宮≫

[1]八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣作るその八重垣を
[1]や雲立つ出雲八重垣妻ごめに八重垣作るその八重垣を或云歌
      一書扱いではないが公認されている訳ではない。
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"八千矛の神"登場歌
[2]八千矛の神の命は [3]八千矛の神の命は [4]八千矛の神の命 [6]八千矛の神の命や吾が大国主 + [5]@自出雲將上坐倭國(名称は登場しない)
[_]
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│≪味耜婀膩須岐高彦根~@天稚(天若日子)喪≫

「古事記」では大国主神と宗像沖津宮女神の御子神と明確。
  天津神扱い的な阿遅鉏高日子根神表記。
  尚、裏切者扱いは~扱いしない点で両書は共通している。
  (従って、日子は妥当な記載ではないように思える。)
[7]天なるや弟織機の項がける珠の御統
  御統にあな珠はや御谷二渡らす味耜高彦根の神ぞや
[2]天なるや弟織女の頚懸せる玉の御統の
  あな玉はやみ谷二渡らす味耜高彦根一書曰
[_]
[3喪に會する者 or 下照媛]天離る 夷つ女の い渡らす迫門 石川片淵
  片淵に 網張り渡し 女ろよしに よし寄り來ね 石川片淵一書曰(又歌之曰)
   :夷曲
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もちろん、<国譲り>と云う結節点があるから、出雲王朝を無視することはできないものの、速須佐之男命@須賀宮からの経緯については至極冷淡である。
大国主命の名称も、「古事記」での王権獲得以前のオホアナムチと同じ呼名の大己貴於褒婀娜武智*神となっており、根の国の速須佐之男命から賜った名称という話がお気に召さなかったのだろうか。
中華帝国の国史とは、王朝転換が発生すると、新王朝が旧王朝の経緯を記録することで自らの正統性を打ち出すための書であるが、儒教国ではない日本国は、革命を肯定しないのでそこらは模倣する気無しということになろう。

但し、流石に、国史プロジェクトのことだけあって、王朝系譜記載をしていない訳ではないと説明できるようになっている。素戔鳴尊の御子の"大己貴オホアナムチ神"が王位を継承し、天孫にその地位を譲ったと記述しているからだ。この名前は、「古事記」では、速須佐之男命が娘との婚姻を許される前に使われていたが、レガリアを頂戴してからは大国主おほくにぬしであるところを見ると、国史プロジェクトでは、大国主という名称は、王権を示す一般名称とされたのかも知れない。
もちろん、「古事記」はそうはいかない。勅命に従って、王朝の系譜を記載する任務があり、<建速須佐之男命ー・・・ー大国主神ー・・・>という記載を行うことになる。
しかし、国史のように大己貴神が素戔鳴尊の御子であれば、両者揃って天津神あるいは国津神と見なすしかなかろうが、国史プロジェクトはそうする訳にはいかなかったようで、高天原に昇り、いわばその地で洗礼を浴びてない~は国津神と考えるべきということになろう。
(この考え方は、ギリシア神話と似た点がある。人格~なので降臨してくるが、~としての活動は天上でしかありえないので、必ず戻ることになる。このことは、天上に戻れるか否かで~とヒトの線引きがなされていると云えよう。
ちなみに、西欧的な絶対~はヒトとは居場所が異なっており、原則、言葉での交流しかできかねる。神話は存在し得ないと見るべき。
一方、中華帝国の儒教も最高~天帝は同様な立場。様々な神話は早々と消し去られてしまい、その残渣が僅かに文献から推量できるレベル。しかし、その系譜が消え去った訳ではない。天帝も最高位の1つと鵺的に認めることで、人々の身近で存在する神々への土着信仰残存が図られたからだ。要するに、バラバラな神々を儒教の官僚制に則ってまとめあげ、管理体制を整備し天子に使える仕組みを整備しただけのこと。それが道教。)


もともと、国史では、素戔鳴尊の歌も正式には認めている訳ではない。御子の大で国譲りとなるのであるから、出雲褒めに価値がなくなるのだから、当然の判断だろう。ましてや大己貴~の神婚にまつわる歌は、皇統譜上で意味をなさないということになろうから、収録歌候補にもあがってくることはなかろう。

国史チームの、伊弉𠕋尊と火~の扱いについては頑なな姿勢を貫いており、「古事記」の"伊邪那美~者因生火~遂~避坐也・・・神避之伊邪那美~者 葬出雲國與伯伎國堺比婆之山也"とのストーリーは採用していない。
実に真面目である。
と云うのは、「古事記」では、伊邪那岐命が伊邪那美命を追って黃泉國に往くという話を肯定していないから。2~が生んだ大八洲国にそのような異界が存在するというのは理屈が通らないし、もともと原始の海しかなかったところにどのようにして黃泉國が誕生したのかさっぱりわからないからだ。
ここらの話は重要なので別稿で続けることにした。

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「日本書紀」卷一神代上の構造
≪古天地未剖 陰陽不分・・・≫
   【一書曰:6話】
≪次有神・・・次有神 伊弉諾尊 伊弉𠕋尊≫
   【一書曰:2話】
≪凡八神矣・・・迄伊弉諾尊伊弉冉尊 是謂神代七代≫
   【一書曰:1話】
≪伊弉諾尊 伊弉𠕋尊 立於天浮橋之上・・・由是始起大八洲国之號焉≫
   【一書曰:10話】
≪次生・・・≫海 川 山 木 草で始まり、次が天下之主者ということで、日神 月神 蛭兒 素戔鳴尊。日・月神は送天。蛭兒は天磐櫲樟船で放棄。その次の素戔鳴尊は父母二神に無道とされ逐根国。
   【一書曰:3-6/11】生火産靈/火~軻遇突智/火~/火神軻遇突智
   【一書曰:7-8/11】拔劒斬軻遇突智/斬軻遇突智命
   【一書曰:9/11】伊弉諾尊 欲見其妹 乃到殯斂之處
   【一書曰:10/11】與妹相鬪於泉平坂
≪於是素戔鳴尊曰:
   "吾今奉教 將就根國 故欲暫向高天原 與姉相見 而後永退矣"
   ・・・(伊弉諾尊)於是登天報命 仍留宅於日之少宮矣
   始素戔鳴尊昇天時 溟渤以之鼓盪 山岳爲之鳴呴・・・
   天照大神 素知其神暴惡・・・
   <誓約>
   <生神(五男神・三女神)>≫

   【一書曰:3話】
≪是後 素戔鳴尊之爲行也 甚無狀
   ・・・(天照大~)閉磐戸而幽居焉・・・
   ・・・于時 八十萬神 會於天安河邊
   ・・・猨女君・・・顯神明之憑談
   ・・手力雄神 則奉承天照大神之手 引而奉出
   ・・・歸罪過於素戔鳴尊・・・竟逐降焉≫

   【一書曰:3話】
≪是時 素戔鳴尊 自天而降到於出雲國簸之川上・・・
   <釀八醞酒>
   <寸斬其蛇>・・・中有一劒 此所謂草薙劒也・・・
   「吾心CC之」・・・造宮・・・
或云歌
   乃相與遘合 生 兒
大己貴神・・・
    因勅之曰:「吾兒宮首者即脚摩乳 手摩乳也」 故 賜號於二神 曰稻田宮主神

   巳 而 素戔鳴尊 遂就於
根國矣≫
【一書曰:1/6】素戔鳴尊自天而降到於出雲簸之川上・・・生兒 號C之湯山主三名狹漏彦八嶋篠・・・此神五世孫 即大國主神・・・
【一書曰:2/6】是時素戔鳴尊下到於安藝國可愛之川上也・・・然後素戔鳴尊以爲妃 而 所生兒之
六世孫 是曰大己貴命 <大己貴 此云於褒婀娜武智オホアナムチ*
【一書曰:3/6】素戔鳴尊欲幸奇稻田媛而乞之・・・
【一書曰:4/6】素戔鳴尊所行無狀・・・
【一書曰:5/6】素戔鳴尊曰・・・于時素戔鳴尊之子 號曰五十猛命 妹大屋津姬命 次採津姬命 凡此三神亦能分布木種・・・
【一書曰:6/6】
大國主神 亦名大物主神 亦號國作大己貴命 亦曰葦原醜男 亦曰八千戈神 亦曰大國玉神 亦曰顯國玉神 其子凡有一百八十一神・・・
 ⇒卷ニ神代下
 ❾<国譲り・天孫降臨>
 ❿<山幸彦海幸彦>
 ⓫<神日本磐余彦尊>


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