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2000.8.19
 
 


得体のしれない技術…

 新技術の危険性を語る人は驚くほど多い。確かに、新技術は利用経験が少ないから、よく分からない部分もあり、絶対安全とは言えない。だからと言って、理屈もなしに、危険だという主張が、正当とは言えまい。

 なんだか分からないから、新しいことはやめよ、という思想ほど社会を停滞させるものはない。新しい試みをやめさせて、進歩を阻止するからである。リスクなしで、ベネフィットを得ることはできない。例えば、100%無事故保障の航空機など不可能であろう。と言って、危険だから、航空機運行を無くせという人などいまい。社会的に意味あるものなら、新しい挑戦は鼓舞されるべきだ。

 アカデミズムでは別だが、産業界では、こうした動きが起これば起こるほど、新技術の導入を躊躇する。そうなれば、研究者も新技術応用の気力を失っていく。リスクがほとんどない、既存製品を改良して食べていくしかなくなる訳だ。

 新技術を危険視する一方で、理屈が明瞭でない「新」技術が一部で話題を集めている。注目を浴びるのは、有名人が、21世紀を変える「新」技術と紹介するかららしい。格段の新規要素技術はないようだが、今までにない方法で、画期的な成果があがったというふれこみのようだ。しかし、どうして、そのような効果があがるのかは理解しにくい。従って、技術も判然としない。当然、歴史ある大手企業の研究者は手を出すまい、と思った。

 ところが、驚いたことに、こうした類の「新」技術に賭けてみようという提案が研究者からあがってくるという。まともに新技術開発をしても儲かりそうにないから、金になるのなら得体のしれない技術でもよかろう、ということらしい。カルト教団用の機具ではないかと思われるような研究提案まで登場したという。こちらの方が、新技術より、よっぽど危険な気がするが。


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