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2003.10.29
 
 


黒猫理論…

 猫が増えると、社会状況が好転する、と見ている人が増えているらしい。
 このため、目ざとい政治家が、猫を増やす施策を叫び始めた。この動きに乗じて、力を握ろうと考えているのだろう。

 しかし、常識人にとっては、馬鹿げた施策に映る。猫の数と社会状況に相関が見られるからといって、猫を増やせば問題が解決できる、とは思えないからだ。
 当然、真っ当な批判が登場する。

 こまった政治家は、様々なエコノミストに相談する。
 ここぞとばかり、猫でなくて、実は犬なのだ、という反主流エコノミストが勢い付く。そこで、猫に絞らず、動物全体で見るべきだ、との折衷主義のエコノミストも間に入ってくる。
 もちろん、このような犬猫論争を嫌う学者もいる。専門家のくせに素人論議を止めろ、と怒り狂う。問題は動物ではなく、動物を育てる餌にある。そんなことは、教科書を読めばわかる筈、と繰り返す。
 噛み合わない不毛な議論が続く。

 これを喜んでいるのが、マスコミである。大騒ぎになればなるほど、出番が増える。議論の混乱は大歓迎だ。

 お蔭で、自分の頭で考えない政治家は、なにがなんだか、さっぱり訳がわからなくなっている。
 結局、単純でわかり易い、お墨付きがある理論を選ぶことになる。

 白羽の矢が立ったのが「黒猫理論」だ。状況好転に一番寄与するのは黒猫だから、黒猫が活躍できる施策を打て、という単純な理屈だ。そのためには、まずは、闊歩している白猫の動きを止めよ、という方針になる。

 ここで、障害になりそうなのが官僚だ。もともと、白猫に餌を与えて躾てきたため、白猫愛好家ばかりなのだ。言うことを聞かない黒猫は大嫌いである。
 こうなると、下手をすると、政治家と官僚の対立の構図ができあがりかねない。

 ところが、現実には何の問題もない。官僚は、指示通りに「黒猫理論」政策を展開するからだ。豹変して、黒猫への餌配布政策の立案を積極的に進める人も出てくる。・・・といっても、実は、官僚の姿勢が変わった訳ではない。
 誰も、白猫抑制などできるとは思っていないからだ。本気で黒猫を増やす気などないのである。とりあえず、一部の白猫を捨て、何匹かの黒猫を飼えば十分、と考えているのだ。

 白猫は減らず、黒猫も増えないことがバレたら、白猫を黒猫と言いくるめればよいのだ。大学時代から習ってきた、現状追認の論理展開を駆使するだけのことである。これこそが、官僚の仕事である。

 こんなことは百も承知のビジネスマンは知らん顔を決め込んでいる。黒猫だろうが、白猫だろうが、自分のビジネスにプラスになるなら、どちらでもよいからだ。「黒猫理論」が効果あるとは思っていないが、なにもしないよりはまし、というのが本心である。
 もともと、現実感覚皆無で、屁理屈しか語れないエコノミストの理論など信用などしていない。と言うより、百害あって一理無しと考えている。
 しかし、自分のビジネスが政策で左右されるのは、肌で感じているから、「黒猫理論」には敏感に反応する。どこにチャンスが生まれるか、何が脅威かを知るため、一生懸命勉強する。

 ところが、技術屋だけは、異なる反応を示す。
 政策には興味無し、と語るのだ。
 にもかかわらず、実際には、「黒猫理論」「白猫理論」「犬理論」「餌理論」が対立していることを知っていたりする。ビジネスマンより正確に内容を把握している人も多い。

 政治家、エコノミスト、マスコミ、官僚、ビジネスマンは、自分の生活を考えた対応しかしないが、技術屋は勉強第一と考えるようだ。
 しかも、エコノミスト達の筋の悪い議論を聞くことを、勉強と勘違いしている。
 「専門家」を重視する技術屋の性分が裏目に出ているようだ。


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