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2004.8.5
 
 


標準化論議で感じたこと…

 企業の研究部門担当スタッフと話していて、たまたま「標準」の話になった。

 日本にはトロンがあり、「標準」戦争では負けていない、との主張を聞かされた。愛国的気分で語るのは結構だが、自分の頭で考えず、他人の掲げる宣伝文句ばかり語るので驚いた。

 トロンが標準というのなら、自社開発ソフトは他社でも動くのか質問すると、それは無理だという。
 それで標準と呼べるのか尋ねると、突然、屁理屈を言い始める。
 こんな人ばかり育てるから、技術力を活用できないのだ、と思った。現実を見ようとしないのである。

 議論を続ける気がしないので、そばにパソコンがあったから、ハードの標準でおかしなところはあるか、と質問して、話題を変えた。

 すると、タイプライターのキー配列の話しである。英文字がQWERTYU・・・と並んでしまった歴史など、使い古された話だが、本気でこの配列が問題だと思っているようだ。
 そこで、現実に、この配列のどこが問題なのか聞いたが、さっぱり要領を得ない。

 問題が無いのなら、素晴らしい標準と見なすべきと思うが、そうはならない。このような標準ができてしまうから、標準化は注意を要すると語る。このことが理解できないのは、頭が悪い、とでも言いかねない態度である。
 他の優れた配列案があるのか尋ねたが、言葉を濁す。

 話しをしていて、正直言って、がっかりした。情報量は豊富だが、現実感覚皆無なのだ。

 しかし、このスタッフは、「頭が良い」ということで選ばれたエリートなのである。頭でっかちだから、素人でも感じることに気付かないのである。

 例えば、マウスやキーボードを接続する端子の「呆れた構造」を経験しない人はいまい。
 両者ともに同じ形をしており、色がついていなければ、必ず間違って差し込む。しかも、玩具のような貧弱なコネクタ構造だ。いつ壊れてもおかしくないような代物である。高価な機器にどうしてこんなものを使うのか疑問に思わないのだろうか。

 USBコネクタでも、おかしなことに気付く。差し込みは簡単だ。もちろん、楽に抜くことができる。
 しかし、このコネクタは何時でも差し込んでかまわないが、勝手に抜くな、と記載されている。抜く前に処置しろ、というのだ。
 しかし、コネクタの構造はそうなってはいない。差し込み、引き抜きの両方とも、簡単なのである。つい、コネクタを引き抜いてしまう形状になっている。

 ちょっと眺めただけで、このような問題を抱える「標準」を発見できると思う。

 こうした標準をどのように考えるべきか議論すれば、標準化戦略に関する知恵も生まれそうに思うが、そのような習慣は無いようだ。

 この会社では、他人の様々な意見を寄せ集め、そのなかから一番妥当な説を選ぶ能力が長けた人が優秀とされるようだ。
 おそらく、経営幹部の役割とは、スタッフに情報を集めさせて、ともかく、他社を凌駕せよと号令をかけることなのだろう。
 こんなマネジメントを続けて、生き残れるものだろうか。


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