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2006.3.15
 
 


「将来の産業像」は役に立ったか…

 ようやく企業の調子が良くなったため、1980年代に経営幹部として活躍していたOBの方々も安心されているそうだ。
 そのため、過去調子が良かった時代の話を気軽にできる雰囲気がでてきたようだ。それはそれで結構なことだが、過去の美化だけは避けて欲しいと思う。

 1990年代の不調は、過剰負債、過剰人員、過剰生産能力、だけの話ではなかろう。中国の台頭や、米国の果敢な展開にやられたの産業も多かったのも確かだが、洞察力の欠如も自省すべきだと思う。

 確か、1987年頃だったと思うが、日本の将来の産業像が議論され、なんとなく固まった。まだイケイケドンドンの頃である。
 まとまったものに、なんとなく違和感を覚えた人も少なくなかったのだが、残念ながら、批判する人はいなかった。そんなことをすれば、亜流と見なされ、食い扶持を失いかねないからである。

 優秀な研究者・エンジニアを育てたにもかかわらず、没落の道を歩まされた理由の一端は、この将来像にあると思うのだが。

 しかし、そのような発言は先人を傷つけることになるから、静かにしているというのが日本の習慣である。思いやりということだろう。

 ・・・などと、春風に誘われて一杯飲みながら、団塊の世代の方々と雑談をしてしまった。

 「将来の産業像」といっても、昔の話だから、読者の方々には、なんだかわからないかもしれない。簡単に解説しておこう。

 コンピュータと通信が発展していくことはわかっていたし、両者を繋ぐのが半導体だということも自明だった。この領域をいかに取り入れていくかで、日本の産業発展が決まるというのが見通しだった。
 間違う人が多いが、産業の将来を見定めて動くという「戦略的」な動きを日本はしていなかった訳ではないのである。

 問題は、この流れが、どうして発生するのかという本質を抜きにして、世界の趨勢はあわせて将来を考えると姿勢にある。調査し、オピニオンリーダーの意見をよく聞いて、動向をまとめて、皆でその方向に進もうという発想が強かったのである。
 要は、どう見ても、コンピュータと通信、半導体に注力していれば、流れにのれると考えていた訳だ。自分の頭を使って流れを読んだ訳でもないのに、これだけで、将来を予測した気になっていたのである。

 例えば、コンピュータ化の進展にしても、日本のリーダーのセンスでは、利用シーン毎に使い易い個別機器が次々と登場していくという見方だった。どうしてそうなるか、などという議論はさせなかったのである。
 言うまでもないが、パソコンのような汎用機器が家庭に入るとの主張はことごとく無視されたのである。
 これこそ、パソコン産業も上手くいかず、家電産業も弱体化一途となった遠因だと思うのだが。

 通信でも同じような調子で将来が語られた。
 日本のリーダーのセンスでは、インフラ巨大化の道を走る筈だった。ピラミッド構造の高品質デジタル通信の世界が描かれた。世界的にその方向に進むとの約束があったのだから致し方ない側面もあるとはいえ、現実は正反対になった。品質は保証しかねるが、安価で簡素な通信の世界が広がったのである。
 分散化が進めば、中央集権型巨大システムへの傾注を続けていられない。まさに瓦解である。

 そして、両者を繋ぐ、半導体でも見方は大きく外れた。日本は、徹底した先端技術投入で先を行くことで勝てる筈だったのだが。
 先端を狙うということで、製造プロセスの複雑化を厭わずに歩んでいるところに、プロセス単純化で低コストを狙う企業が登場すれば、たまったものではなかろう。

 何故こんな話になったかといえば、ブロードバンド普及こそ、IT化時代の流れだという国家戦略が打ち出されて、普及が進んだが、それを大成功と呼ぶべるかという議論になったからである。
 普及は結構だが、そのお蔭で、産業総体として競争力は強化されたのか。米国と比べて、インターネット系産業は強力といえるか。経済を牽引するような役割を果たしているのか。
 ここが肝要である。

 もし、そうでないとしたら、昔の、「将来の産業像」と同じようなものかもしれないのである。


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