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2006.10.30
 
 


公共図書館はどうなるのか…

 先日、列車の時間に間があるので街を歩いていたら、図書館があったので入ってみた。
 明るく現代的なつくりで、かび臭い蔵書の山イメージとは無縁だった。

 取りやすいところに、新刊、ベストセラー、話題性豊富な雑誌等が並んでいた。珍しい本や、難しそうな本は見かけない。

 これなら、書籍購入費用をセーブしたい主婦層には人気かも知れぬ。
 地域住民の知的要求に敏速に応え、新鮮で魅力的な「資料」を提供する方針ということだろう。

 「みんなの図書館」という言葉を時々耳にするが、図書館を、このような施設に変えたい人は多いようだ。

 実に、貧困な社会である。

 おそらく、本が買えないような人は、働くのが忙しく、時間の余裕がないから、図書館に来るどころではあるまい。
 一方、暇で、本を買うお金を十分持っている人は、税金で本を買ってもらい、お金をセーブし、図書館帰りに喫茶店でお茶でも飲むことになるのだろう。
 まあ、それが住民の意志だから、文句をつけるのは筋違いかもしれないが。

 とはいえ、これからの図書館の在り方についての議論は、活発なようである。
 費用はかかるが、利用はさっぱりで、効果も疑問だが、文化国家としては図書館振興を諦める訳にもいかないから、どうすべきか、頭をひねっている訳だ。

 もっとも、議論と言っても、「情報拠点として」、「情報拠点を目指して」、「情報拠点の改革へ」のどれにするかといった話(1)をしている状況のようだ。外部の人間にはよくわからない。

 議論など止め、地域の図書館は、その地域にまかせれば決着すると思うのだが。
 建物が美しければ、それだけで嬉しい地域もあるだろうし、独特の蔵書を揃えたい町もあろう。
 どんな方向に進もうと、勝手ではないかと思うが。
 ただ、どんな図書館にするつもりか、皆にわかるようにしてもらえば十分ではないか。  図書館の数をどんどん増やし、図書費用は減る(2)という政策を進め、さらにその上に、一律化基準など加えられたらたまったものではない。

 そんなことを言うのは、恵まれた地域に住んでいるからかもしれぬが。
 東京23区内には全部で247館もの図書館があるという。単純計算では、1館のカバーエリアは半径897mだと。(3)
 10分も歩けば行ける感覚である。

 要するに、東京の地域図書館は住民にとっての散歩先でもある。情報入手は、はっきりいって二次的な意味しかない。
 本核的に情報を得たいなら、都の中央図書館を利用すればよいからだ。

 そもそも、電子図書の時代になれば、公共図書館は、紙の本を楽しみに行く場所になる。そろそろ、その時代に合わせた先進的な図書館を考えてもよいと思うのだが。
 (電子書籍が普及すれば、個人個人が電子図書館を持つことになるのではなかろうか。)

 --- 参照 ---
(1) http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/tosho/yousi/06052418.htm
(2) http://www.jla.or.jp/statistics/2005pub.html
(3) http://www.tokyo-toshokan.net/libdata/23ku.htm


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