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2010.10.4
 
 


山家学生式を思い出した。

 箸にも棒にもかからない政治。実に憂鬱な日々。・・・と愚痴をこばされてしまった。聞かされるこちらの方が陰鬱になってしまう。
 グローバルに瞬時に話がとびかうこのご時世。日本国内でこんな風に政権が評価されていることを、海外の知識層が知らない訳がない。早晩、日本の政治屋は相手にされなくなるだろう。それで日本の地盤沈下というのは致し方ないが、それではすむまい。
 若きケネディ大統領の外交対応がソ連赤軍の膨張政策を誘発し、あわや核戦争まで進んだように、軍事独裁国家に無能な為政者と見られると危険極まりないというのが、歴史の教訓である。

 ただ、専門家に言わせると、日本の場合は有る程度はやむをえないそうである。小選挙区制度の弊害で、世界観はおろか特段の政治信条がない政治屋全盛となるのは、予想の範囲内だとか。
 日本では、まわりの人達と一緒になってワイワイガヤガヤ大騒ぎすることに長けている人がマスコミ受けしやすいので、滅多なことでは政治家は育たないらしい。視野が狭く、判断力を高める訓練もしてこなかった人が国の舵取りをすることになりかねないという話はもともとあったという。変化のためには、その程度のリスクは覚悟の上での小選挙区制導入だったとか。

 それでも、松下幸之助翁のお蔭で、政治家教育を受けた議員が与野党に散在するようになったから、その世代にまで進めば、そのうちなんとかなるのではないかという期待もあるらしい。しかし、そこまで待っていて、はたして国が持つものか、はなはだ疑問。

 まあ、小選挙区制度だけの問題でもなかろう。日本の大学は団栗のせいくらべ教育に徹しているから、指導者の素質も持った人は埋もれてしまう。日本の大学が育てたピカ一人材とは、傷の無い団栗でしかなく、エリートとしての自負など無いし、大局観を自分の頭で考えることもできないのが普通。
 こんなことでは、そのうち日本は駄目になると、ビジネスマンは昔から言っていたが、ついに本当にそうなってしまったようだ。

 大学の建物は昔に比べれば格段に美しくなり、実務家も教育に参加するなど、ずいぶんかわったように見えるが、大学のこの体質だけは温存。
 リベラル・アーツの教育をまともに考えている大学はなさそうだし、ガツンと一発型の授業ができる人を呼ばないから、カリキュラムを要領よくこなせる学生の増産になっている。そんな人材を大量に欲しかった時代はとうに終わってしまったのに、変わりたくない人だらけということか。

 閉塞感が満ち溢れる社会で、こんな教育をしていたらどうなるかわかりそうなものだが。

 などと考えていて、日本の保守層が好む言葉を引用したくなった。1200年近く昔のことが、未だに当てはまる。
 まともな発言もできず、やることなすこといい加減で、周囲の顔色を見て上手く立ち回る、そんな人が国家を操縦する時代になってしまったのである。

国の宝とは何物ぞ、宝とは道心なり。
道心ある人を名づけて国宝と為す。
故に古人言わく、
径寸十枚、是れ国宝にあらず、一隅を照す、此れ則ち国宝なりと。

古哲また云わく、
能く言いて行うこと能わざるは国の師なり、
能く行いて言うこと能わざるは国の用なり、
能く行い能く言うは国の宝なり。

三品の内、
唯言うこと能わず、行うこと能わざるを国の賊と為す。

乃ち
道心あるの仏子、西には菩薩と称し、東には君子と号す。
悪事を己に向え、好事を他に与え、己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり。
     伝教大師最澄: 「山家学生式」 伝819年  http://www.tendai.or.jp/rekishi/index.03.html


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