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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.5.10 ■■■

野草藪煙草

「天名精/天蔓菁」の話が掲載されている。

高貴そうな名前だが、地味な草である。花が咲いてもさっぱり目立たたない、ごく普通の"野草"。流石に都市の公園には生えていないようだが、上野東照宮での写真がある位だから、どこにでもある草と言ってよいだろう。よく見かけるのは雑木林的地域の藪地。(日本での俗称は猪尻草だから、猪君が人家周囲への早朝出勤前に軽く寝るのに好都合な場所に生えているのだろう。)

正式な和名は<藪煙草/ヤブタバコ>である。野草好きなら、誰でも知るポピュラーな草。
下方の葉(大きく皺があり鋸歯形縁)が煙草に似ているからつけられた名前とされている。小生が写真から判定するに、その説はいかがなものか。・・・枝に付く黄色の花は煙管の頭にソックリ。枝は上方ではなく、横方向に八方に広がっている。タバコのみが並んで吸って煙が拡がっていると見立てのでは。
なにせ、この系列の草は「雁首草」と呼ばれている。これを尊重するなら、天名精は小ぶりの雁首草と呼ぶ方が自然。尚、植物分類では菊科に属すが、素人目には菊に似てはいない。

「天名精」はこの植物の種としての呼び名だが、葉/茎を利用する場合は、成式が呼ぶ「鹿活草」との表記が妥当と言えよう。実なら「鶴蝨」で、根は「杜牛膝」だ。何れも中薬として利用されているからだ。
もちろん、「神農本草経」の365種に含まれており、古代から利用されていたことがわかる。
【天名精】味甘寒。主治血血欲死,下血,止血,利小便,除小蟲,去,除胸中結熱,止煩。久服輕身耐老。一名麥句姜,一名蝦蟆藍,一名豕首。生川澤。(又名地菘,子名鶴虱,根名吐牛膝) [中卷 草部上品]

おそらく、葉/茎から染み出る液に神経に作用する成分が含まれているのだろう。実生は腸内寄生虫毒として働くし、根は上手く使えば膝部の消炎効果が期待できるということのようだ。
漢方の記載はポイントがわかりにくいが。・・・
天名精味甘寒無毒主血血欲死下血止血利小便除小蟲去痺除𦙄中結熱止煩渇逐水大吐下久服輕身耐老--- 「證類本草」卷七@欽定四庫全書]

小石川薬園の「御薬草本書留」@1792年でも、栽培対象植物のなかに名前があがっているし、「徐之才薬対」では吐唾血と疲血の項目に登場している。

長々と書いたが、要するに、「天名精」はどこでもすぐに手に入る野草であるが、かなり強い生理活性作用があり、それを上手く利用すれば薬として使えるということ。

成式にとっては、是非にも取り上げてみたかった生薬ではなかろうか。
そう思うのは、当時の「中薬」の主流は、思い付き的、あるいは呪術的見地からの、当てにならぬ薬効だらけ。しかも、入手が難しいことで、希少価値を誇るものが少なくなく、当然ながら極めて高価だった。
その典型は、玉泉・丹砂・水銀といった玉石系の不老不死の特別高貴薬。水銀のように、相変化が著しく、変化能力があるものを体内にいれることができれば、そのような能力が身につくという、訳のわからぬアナロジーだけで一世風靡。それよりは安価な、滑石、孔雀石、石英、蛍石のような、鉱物系も体に良いとされたのである。
その論理から見て、人喰い時代の名残現象と見ることもできよう。強力な相手を殺戮し、それを食すことで、その力を頂戴できるとの感覚。現代中国でも、犀の角に人気が集まるのは、そのような信仰を捨てるつもりがない人々であることを如実に物語る。

成式にしてみれば、不快極まる"信仰"といえよう。
しかし、それが現実であり、支配者階層もそのような信仰から抜けきれないのである。

「天名精」の話は、そのような体質に対する一種の皮肉のようなもの。・・・
天名精,一曰鹿活草。
昔青州
[山東],宋元嘉[424-453年]中射一鹿,
剖五藏,以此草塞之,蹶然而起。怪而拔草,復倒。
如此三度,
密録此草種之,多主傷折,俗呼為劉草。
  [卷十九 廣動植類之四]
昔、鹿を射止めた男あり。
五臓を解剖し、
"天名精"(あるいは"鹿活草"とも呼ぶ。)という草を詰めた。
すると、鹿は忽然と起き上がった。
奇怪なことと、草を抜いてみたら再び倒れた。
これが3度。
・・・薬として使われているのはご存知の通り。


何ために、ハラワタを取り除いたあとに、あろうことかヤブタバコのようなそこらに生えている草を入れる必要があるのか。決して、お勧めできるような香りではないのだから。
それに、その結果発生した現象を初めて見つけた書きっぷり。つまり、通常は誰もやらないことなのである。
さすれば、これは、この草汁にどのような生理作用が認められるか試してみたという以外に考えられない行為。

しかも、3回も繰り返し実験で、その効果を確認したのである。
しかして、これは薬効なりと、認定した訳である。

特別高貴薬は単なる毒薬以上でもなければ、以下でもなかった。(小生は帝用の丹薬には顕著な勃起効果があり、飲まざるを得なかったと見る。)
一方、こちらは道端に生えている草にすぎない。しかし、確実に薬効を期待できる。
成式としては、このような方向に進んで欲しいというところだろう。

しかし、それは多分無理なこととも、先刻ご承知の助。
ハンググライダー利用者を妖怪と見なし即刻殺戮するような風土。[→「科学技術と技能」【木鳶】]
対象をじっくり観察し、そこから「気付き」を得ようなどとは露も考えずの人だらけ。権力者が決めたものの見方を踏襲することが嬉しいのだから手の打ちようもないのである。
創造性を忌み嫌う、擬似インテリだらけの社会ということでもあろう。官僚統制社会である以上、それは致し方ないことだが。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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