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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.6.5 ■■■

天人五衰

"帝釈天と32天-四天王-娑婆-修羅"構造の話を始めてしまったので、[→] もう少し続けることとしよう。

帝釈天 v.s. 修羅の戦いでは、聖樹というか林が勝敗の鍵を握っているというところまでだったが、そこで話が一段落しているのではない。
その続きとして、天上界六天の第4位が登場するのだ。
 <欲界(六道)階梯>
  天人[1] 他化自在天
  天人[2] 化樂天
  天人[3] 兜率陀天
  天人[4] 夜摩天
  天人[5] 利天/三十三天(帝釈天+32天)
  天人[6] 四天王
  娑婆の人間
  修羅族
  畜生類
  餓鬼
  地獄の閻魔大王

もちろん、林がからむ。

 開合林,開目常見光明。
 夜摩天住虚空,閻婆風所持也。
 積崖山,高三百由旬,有七榻七箱。


夜摩天も帝釈天同様にインド土着信仰の神で、叙事詩にも登場する。
文字の印象からすると、地獄の主である閻魔王ではないのか気になるところだが、帝釈天より由緒正しき神なのでこの地位に。
ただ、修羅族潰しには参加しなかったようである。そこがかわれて上位という可能性もあるが、それは光明な側面を見た場合で、暗黒の世界ということでは閻魔大王にさせられているといえなくもない。

ここで成式は天人五衰を想起させる記述に移る。天人は人間界と時間軸が違うので、長寿ではあるものの、衰えて死ぬのであり、そんな様を想起させるようなことを敢えて記載。
と言っても、死ではなく、転生後の生まれたばかりの様子としているが。

 始生天者五相,
  一光覆身而無衣,
  二見物生希有心,
  三弱顏,
  四疑,
  五怖。
 又五木,
  一近蓮池花不開,
  二近林蜂離樹,
  三聽天女歌而出壓離,
  四近樹花萎,
  五殿不行空。


ちなみに、小五衰だとこうなる。
  一樂聲不起。
  二身光微暗。
  三浴水著身。
  四著境不捨。
  五身虚眼瞬。


当然ながら、天女も色褪せていく。
又見身光衣觸如金剛,及照琉璃鏡,不見其道。
 天女九退相,
  一皮緩,
  二頭花散落,
  三赤花在道變為黄,
  四風吹無縷衣如人依觸,
  五飛行意倦,
  六觸水而濁,
  七取樹花高不可及,
  八見天子無媚,
  九發散粗澀。
  又唇動不止,
  瓔珞花皆重。
十二種離垢布施生此天,群鳥青影覆萬由旬。
摩尼珠中有金字偈。


こんな話題、三島由紀夫:「豊饒の海」以外では、滅多に取り上げることもなかろうが、本格的なのが、大五衰ということになる。
  一頭上華萎
  二不樂本座
  三天衣汚垢
  四天身穢臭
  五腋下生汗


細かくは、それぞれのランク毎に違う現象が発生するらしいが。

 四天王天 有十二失壞,常與修羅戰鬥等。
 三十三天 八種失壞,有劣天不為帝釋所識等。
 夜摩天 六失壞,食劣生漸等。
 兜率陀天 四失壞,不樂鵝王説法聲等。
 化樂天 四失壞,天業將盡,其足無影等。
 他化自在天 四失壞,寶翅蜂舍去等。


ヒエラルキーとしての様式美の世界を失ってしまうと、天人も衰退は避けられないということであろう。
逆に言えば、芸術的な様式美を感じさせる力がないと仏教はなりたないということになろう。宗教とは本来そういうものかも。
成式は、おそらく仏教の美しさに惚れたのである。倫理や道徳感ではなさそう。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎 1」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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