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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.6.19 ■■■

末法予感

先ずは、白馬寺の話から。[巻三 貝編]

現代は観光地。
日本人からすれば、特段古い建造物がある訳ではないし、仏教活動が脈々と受け継がれて来た風情を感じさせる場所とはとうてい思えないが、中華帝国では一大名所のようだ。
すなる理由は以下のような話があるから。

魏明帝[226-239年]始造白馬寺。
寺中懸幡,影入内,帝怪,問左右曰:
“佛有何神,人敬事之?”


白馬寺は、文献的には、68年、洛陽郊外東に建立されたとされる。中華帝国の"釈源"寺院ということになる。漢明帝の在位期[57-75年]のこと。
寺院としては不思議な名前だが、"感夢求法"説話(夢で金色に輝く人の存在を知り、使者を派遣し仏典を入手し白馬で運んだ。)に由来するからだ。上記の成式の引用文もその手のものだが、わざと間違えた記述にしているようだ。よく見て欲しい。
そういう、作り話はいい加減止めるべしということで。
おそらく、中華帝国最初の仏典翻訳もここでなされたとされていようが、それが残っているとしたら、後世にでっちあげた偽経の可能性もあろう。そのような喧伝は百害あって一利なしなのだが、と言いたいのでは。

そんなことをいつまでも続けているようでは、仏教の将来性は無いゾという警言だろう。
マ、警告通りの道を歩んだ訳である。

そもそも、大月氏国に釈尊が存在したとの夢自体がおかしな話。如来の足跡が辿れるのは、「大唐西域記 巻三」からすれば、現パキスタン北西部まで。アフガニスタン北部からはかなり遠く、釈尊が訪れた訳がないのだ。

烏仗那國有佛跡,隨人身福壽,量有長短。

仏舎利奉納地にしても、現在のカシミール止まりで、西域に来ている訳も無し。

羅曷國城東塔中有佛頂骨,周二尺。
欲知善惡者,以香塗印骨,其跡煥然,善惡相悉見。


【末法予感その1】
そんな北インド地域にしても、仏教は風前の灯。

北天健羅國有大堵波,佛懸記,七燒七立。佛方城,玄奘言城壞已三年。
北天竺のガンダーラに大ストゥーパ有り。
釈尊の懸念は、七回焼失し七回再建される時、仏法尽きるという点。玄奘は、城が壊れてすでに3年度目に入っていると言う。


ソースの方が分かり易い。
  此堵波者,如來懸記,七燒七立,佛法方盡。
  先賢記曰:成壞已三。初至此國,適遭火災,當見營構,尚未成功。

    「大唐西域記 卷第二 健邏國」

そう言えば、三十三天も「人間⇔天人」の"転生"は7度までだった。
   「阿修羅はインドの古代神」

実際、予想通り、後世にはガンダーラから仏教は駆逐されてしまう。二度と戻ってはこないのである。成式、インド仏教の没落のそんな兆しを見ていたのである。

【末法予感その2】
危惧の念を抱いていたのは釈尊だけでなく、土地の人も同じ。

西域佛金剛座有標界銅觀自在像兩,國人相傳菩薩身沒,佛法亦盡。隋末已沒過胸臆矣。
西域の話である。
釈尊が悟りを開いた座(金剛座)に銅製の2柱の觀自在像が設置されているという。標界になっていると。
その国の人によれば、この菩薩像が埋没してしまうと、仏法も尽きてしまうとか。
隋朝末期現在、すでに像の胸臆部を越したところまで埋まってしまったとのこと。


【末法予感その3】
特に、ガンダーラの人達は避けられないと見ていたのでは、と。

乾陀國[=健邏國]頭河岸有系白象樹,花葉似棗,季冬方熟。相傳此樹滅,佛法亦滅。
ガンダーラの頭河岸に白象樹が生えている。花葉は棗に似ており、実は冬に熟す。
言い伝えでは、この樹木を滅失してしまうと、仏法も同じ道を辿るとのこと。


樹木の状況については、これ以上の情報記載はない。

其城内外凡有古寺。---
寺前白象樹。此寺之興實由茲焉。花葉似棗季冬始熟。父老傳云。此樹滅佛法亦滅。


マスコミなど無いし、中華帝国官僚の書き物をそのまま信用できかねるから、世の潮流をとらえることは極めて難しいのだが、成式は仏教没落が奔流化していることを理解していたようである。ヒンドゥー教の優勢は揺らぎないものになっていたのである。(アナロジーで考えるなら、中華帝国もゆくゆくは道教一色化ということになる。)
ガンダーラのイスラム化はずっと後のことだが、その結果、ガンダーラは輝きを失い、人々の脳裏から全面的に消え去っていたのである。たった一つ、カンダハールという地名がその足跡を暗示しているにすぎない。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎 1」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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