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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.6.26 ■■■

地衣類

「耳(茸)と菌類」の話をしたが、[→] 実は1ツだけ、恣意的に取り除いた種がある。続集の石桂芝と石菌は入れたが、前集の耳の話の次ぎにでてくる菌話の最後に突如登場する石耳を除いたのである。
芝/耳や菌とは一寸違いそうなので、注目すべきモとの感じでの記載。しかも、たったの7文字とくる。

廬山有【石耳】,性熱。

石耳は"性熱"、と漢方薬解説的に書いているが、観光地廬山の名物として大いに熱ありということ。笑いを誘う一行である。
この手の長命喧伝食材は楽しいもの。せっかく、遊びに来たのだから、長命を願って食べていこうとなるもの。
そうなると、コレ好物、と言いだす人も出る訳である。と言うか、地魚と地茸で一杯やろう、となるだけのことだが。

そう読んでおきながら、何故にこの茸を外したかといえば、これは、所謂、岩茸と見たから。
茸と呼ぶものの、形状が耳的というにすぎず、菌類[キノコ]ではなく地衣類/Lichen

岩に海苔のようにへばりつくので命名されたと思われる岩海苔(外海棲息の紅藻類のうち薄膜葉状形である海産物の総称としても使われる用語である.念珠藻と菌類の共生体.)も同じことで、苔と呼びたくなるのはよくわかる。

言うまでもないが、地衣類の多くは形状的には苔的。しかし、似て非なる生物なのだ。糸状の菌が土台を形成しており、そこに光合成する糸状の藻類[藍藻ことシアノバクテリアも含む]が入り込んで共生/symbiosisしているとされる。
そのような認識が生まれたのはそう昔のことではない。牧野富太郎博士でさえ、"地衣草ハ必ズシモ一種ノ植物デハナク、地面ニ平布シテ生活スル緑苔ナドノ総名デアル。"と解説しているくらいだ。
樹皮や岩肌に小さな葉状で貼りついているタイプが多いし、苔の棲息域に似たところに棲むから、そう考えるのも無理はなかろう。(枝が立ち上がったり垂れ下がる猿尾枷のような種もある。)
ただ、その成長スピードは極めて遅い。道教的には、長命の相ということになろう。

おそらく、唐代分類観からすれば、地衣類は、花が咲かない植物[非動物"]として、苔か芝に属していたのだろう。大きな葉を持つものが多い羊歯類以外は以下のような3群で括られていたということ。
 [非緑色"隱花植物"]
 芝+菌類(蕈/茸) + [後世追加]細菌類
 [主として水棲の"隱花植物"]
 藻類
 [主として陸棲の緑色"隱花植物"]
 蘚+苔類

と言っても、"地衣"は明 李時珍:「本草綱目卷二十一@欽定四庫全書にも登場している。
曰石濡在瓦 曰屋遊在牆 曰垣衣在地 曰地衣其蒙/翠而長數寸者亦有五在石 曰烏韭在
但し、"地衣草"は別扱い。
その特徴は"氣味苦 冷微毒---明目"。しかし、追記として、浙江人の方劑藥物學家である陳藏器[681-757年](遺逸「神農本草經」著者)の指摘があり、それは地衣類に思える。
(大明曰此乃陰濕地被日晒起苔蘚也/藏器曰即濕地土苔衣如草状者耳)

要するに、地衣類は珍しい植物とは見なされてはいなかったということ。他の生物が棲んでいそうもない場所に登場する手の植物であるにすぎない。従って、仙人願望が強い道教では古くから存在が知られ、なにかと語られていたと見るのが妥当では。
ただ、「荘子外篇至樂第十八」に登場する「衣」の記載は解せぬところも。水中だと水草で、湿地では蝦蟇的な緑色蛙の衣、陸地では烏足/オオバコというのだから、ピント外しもいいところ。
得水則為
得水土之際則為之【衣】,
生於陵屯則為陵,陵得鬱棲則為烏足,烏足之根為,其葉為胡蝶。

成式が、岩茸に注目したセンスとは雲泥の差。水分を欠く石の上にキノコが生えるなどおかしな現象と言わざるを得ない訳で。

(参照) 久保輝幸:「地衣の名物学的研究」MPhil. Thseis 2004年
(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.


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