表紙 目次 | ■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.6.25 ■■■ 耳(茸)と菌類「卷十九 廣動植類之四 草篇」は、冒頭から「芝」の話。大陸では、古代から、長命に寄与するということでキノコは注目されていたようである。日本の場合は、キノコは基本的には食材であって、食感や香り、出汁の美味しさなどを味わうものだが、大陸は違うのかも知れない。・・・古代インドの幻覚症状を呈するソーマに刺激されて生まれた概念との説が当たっていそう。精神世界など興味は無く、不老長命を暗示する、腐朽しそうにない堅固なキノコを"霊物"としただけと見る訳だ。 形状イメージからの想像上の効能や、言葉遊びの縁起モノを食す体質が濃厚と言うこと。だからこそ、ナンデモ食材文化が今もって定着し続けていると言えよう。 キノコの話に戻ろう。 → 「茸の食習慣の瓦解」[2004.11.26] → 「キノコの漢字」 キノコの話で、なんといっても有名なのは、葛洪:「抱朴子内篇巻之十一 仙葯」@313年。 丹砂-黄金-白銀に続くのが諸芝だからだ。 五芝に分かれている。 石芝(玉脂芝,七明九光芝,石蜜芝,石桂英芝) 木芝(聚芝,樊桃芝,参成芝,木渠芝,黄檗檀桓芝) 草芝(独揺芝,牛角芝,龍仙芝,麻母芝,紫珠芝,五徳芝,龍銜芝) 肉芝(動物か?) 菌芝 陶弘景:「神農本草経」@500年の上品には、霊芝として、六芝(赤,黒,青,白,黄,紫)が収載されている。おそらく、赤と紫には特別な意味が与えられたと思われる。他は、茯苓のみ。 宋 李ム編:「太平廣記卷四百十三 草木八」@欽定四庫全書には以下の21種の芝と菌が記載されている。(うち15種は酉陽雑爼の引用。) 竹芝 (樓闕芝) 天尊芝 紫芝 參成芝 夜光芝 隱晨芝 鳳腦芝 白符芝 五徳芝 石桂芝 (滴芝) (木芝) 螢火芝 (肉芝) (小人芝) (地下肉芝) 異菌 石菌 竹肉 (毒菌) と言うところで、「酉陽雑祖」を当たろう。 "天尊芝"から始めているから、道教の発想で分類されている領域と言っているようなもの。 芝,天寶初,臨川郡人李嘉胤所居柱上生芝草,形類【天尊】,太守張景佚截柱獻之。 次にくるのは当然霊芝のトップランク。 大歴八年,廬江縣【紫芝】生,高一丈五尺。 芝類至多: 【參成芝】,斷而可續。 随分と簡潔な記載だが、元ネタはこんな具合。・・・ 參成芝, 赤色有光, 扣之枝葉如金石之音, 折而續之, 即復如故。 [「抱朴子 仙藥」] 道教臭がさらに顕著化したのが、次の名前。 【隱辰芝】,状如鬥,以屋為節,以莖為剛。 太極信仰と神仙芝が融合した命名と言ってよいだろう。正式名称は本当は極めて長いのである。 太極隱芝有四種,或四方色,光照百歩之内如月。 其一種青色,---。名曰太極靈鏡隱天碧芝。 其一種白色,---。名曰太極玄節隱辰靈魂芝。 其一種赤色,---。名曰鐶綱隱玄太極金天芝。 其一種蒼色,---。名曰太極玄月偃龍芝。 [洞真上清太微帝君歩天網飛地紀金簡玉字上経] そこで、さらに詳しく。 《仙經》言, 穿地六尺,取鐶實一枚種之,灌以黄水五合,以土堅築之。三年生苗如匏。實如桃,五色,名【鳳腦芝】。食其實,唾地為鳳,乘升太極。 【白符芝】,大雪而華。 【五コ芝】,如車馬。 【菌芝】,如樓。 凡學道三十年不倦,天下【金翅鳥銜芝】至。 羅門山食【石芝】,得地仙。 白符芝は梅の花に似ているので、大雪而華とされているらしい。 【竹肉】,江淮有竹肉,生竹節上如彈丸,味如白雞,皆向北。有大樹雞,如桮棬卷,呼為【胡孫眼】。 ・・・胡孫眼だが、"胡孫"とは猿のこと。"眼"が何を意味するかわからぬが、"猿の腰掛け"なのだろう。 ここからは、成式の本領発揮。ただ、残念なことに、菌専門家しかその鋭さはわからないだろうから、素人解説は省こう。(尤も、逆の可能性もある。数々の受賞歴ある重鎮でさえ、「最近の食パンにはカビも生えなくなった。冷蔵庫にしまうせいか、防腐剤が入っているのか、気味が悪いほどである。」と非常識を堂々と開陳するのだから恐れ入る。カビだらけのパン屋工房が大好きで、冷やして不味くしたパンを愛好する趣味かも知れぬが。) 【異菌】,開城元年春,成式修竹裏私第書齋前,有枯紫荊數枝蠹折,因伐之,余尺許。至三年秋,枯根上生一菌,大如鬥。下布五足,頂黄白兩暈,告ょ續@鵝韝,高尺余。至午,色變K而死,焚之氣如麻香。成式嘗置香爐於枿臺,毎念經,門生以為善徵。後覽諸誌怪,南齊呉郡褚思莊,素奉釋氏,眠於渠下,短柱是楠木,去地四尺余,有節。大明中,忽有一物如芝,生於節上,黄色鮮明,漸漸長數尺。數日,遂成千佛状,面目爪指及光相衣服,莫不完具。如金碟隱起,摩之殊軟。常以春末生,秋末落,落時佛行如故,但色褐耳。至落時,其家貯之箱中。積五年,思莊不復住其下。亦無他顯盛,闔門壽考,思莊父終九十七,兄年七十,健如壯年。 又梁簡文延香園,大同十年,【竹林吐一芝】,長八寸,頭蓋似雞頭實,K色。其柄似藕柄,内通幹空,皮質皆純白,根下微紅。雞頭實處似竹節,脱之又得脱也。自節處別生一重,如結網羅,四面同,可五六寸,圓繞周匝,以罩柄上,相遠不相著也。其似結網衆目,輕巧可愛,其柄又得脱也。驗仙書,與威喜芝相類。 補遺として、石に生えるキノコ2種がとりあげられている。「續集卷十 支植下」 観察力抜群の成式のこと。石に生える種は、他とは違うゼ、ご注意のほどと指摘しているようなもの。 【石桂芝】,生山石穴中,似桂樹而實石也。高大如絞尺,光明而味辛。有枝條,搗服之,一斤得千歲也。 宋州莆田縣破岡山,武宗二年,【巨石上生菌】,大如合簣,莖及蓋黄白色,其下淺紅,盡為過僧所食,雲美倍諸菌。 コレ粘菌だろう。上記で登場した、樓のようになる"菌芝"や、矢鱈と詳しい説明の"異菌"も含めてのこと。 普段はほとんど目立たないところに棲んでいる生物で、誰も気にも留めないが、成式は違う。 粘菌のどこが凄いかと言えば、環境変化が引き金になるのか、突然にして生殖期に入る。すると、全体がひと塊になって動き始めるのである。ここだけ見ればまさしく、動物的挙動そのもの。 しかも、場合によっては巨体を形成したりと、その姿は多種多様。そのため、その段階での種の同定は専門家でも難しいという。 そんな生物の存在が世界的に知られるようになったのは、南方熊楠が英国に留学していた頃である。 そうそう、忘れてはならないのが発光キノコ。2種収載されている。 【夜光芝】,一株九實。實墜地如七寸鏡,視如牛目,茅君種於句曲山。 「卷十九 廣動植類之四 草篇」 この種は書き方が、他の芝少々違う。そこらを勘案して、すでにコメント済み。 [→「夜光芝」] 日本的常識では、発光モノは危険性を示している可能性が高いから食材としての利用を避ける。おそらく、情緒的な嫌悪感を抱くのだと思う。 ところが、大陸は全く違う。長命のためになりそうな気がすれば、たとえ毒だろうが、それを厭わないで試してみる人達だらけ。オマジナイ的発想の特別高貴薬開発と言えよう。 この体質は現代まで連綿と続いていることが知られている。お蔭で犀の絶滅は避けられない。 【螢火芝】,良常山有螢火芝,其葉似草,實大如豆,紫花,夜視有光。食一枚,心中一孔明。食至七,心七竅洞徹,可以夜書。 「續集卷十 物異」 食べると實則心竅洞明に、とでも言いたげな点がユニーク。石芝の七明九光芝のことを指している訳だ。 下村脩博士のお話では、生物発光の目的には5ツ(擬態,誘引,撃退,通信,照明)あるそうだが、断崖に生えるキノコはどれに当たるのだろうか。 光るキノコはかなりの種類があるようだが、どれも生態はわかっていないようだ。(本邦では、月夜茸,夜光茸,網光茸,椎の灯火茸,雀茸,柄無しラッシ茸,等々が知られている.) (参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載. 「酉陽雑俎」の面白さの目次へ>>> トップ頁へ>>> (C) 2016 RandDManagement.com |