表紙 目次 | ■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.7.26 ■■■ 「狼狽」の語源"狼狽"[ろうばい]という言葉はそのうち死語となるのだろうが、今でも結構使われている。"狽"はこの熟語以外での用例を見たことがないし、何を意味するのかほとんど知られていないからなんとも不思議。検索で調べると、"狽"は、前足が極めて短い動物で、狼の後部に乗って移動しているが、一緒に行動できなくなってしまうとどうにもならなくなるということを指すとの解説だらけ。(歩けないのだろうから、右往左往とは本質的に違うようだ。) そんなこともあって、動物の話を収載している「酉陽雑俎」が初出との記載も少なくない。多分、どれかの辞書に親切に記載されているのだろう。 おそらく、どの辞書も、その親分たる「康煕字典犬部七」での、次のような"狽"の解釈を踏襲しており、その記載は「酉陽雑俎」とほぼ同じということなのだろう。 獣名,狼属也。 生子或欠一足二足者,相附而行,離則顛,故猝遽謂之狼狽。 中国語では"狼狽為奸"という言葉が使われているようだから、(用例としては"安祿山同李林甫狼狽為奸"。)教科書的には、本当は、"周章狼狽"という四字熟語として教えたかったと思われるが、日本語用例になんらかの問題があるので止めたようである。 その"周章狼狽"だが、検索すれば出典はすぐにわかる。・・・ 周伯仁爲吏部尚書、在省内夜疾危急。時刁玄亮爲尚書令、營救備親好之至。良久小損。明旦報仲智、仲智狼狽來。始入戸、刁下牀對之大泣、説伯仁昨危急之状。仲智手批之、刁爲辟易於戸側。既前、キ不問病、直云:「君在中朝、與和長輿齊名。那與佞人刁協有情?」逕便出。 「世説新語 中卷上 方正第五」 周伯仁が夜に役所で病気で危篤に陥る。 刁が親身になって看病。 小康状態に。 朝、知らせを聞いた(周)仲智が【狼狽來】。 刁、寝床から降りて大泣し、危篤の様子を説明。 仲智、平手打ち。 刁、たじたじ。戸口に退避。 仲智、病気のことなど尋ねもせず。 「君は朝廷で和長輿と並ぶ名望があったのに、 何故にへつらい屋と交情するのか。」と言って出て行った。 (周伯仁=周は、おそらくアルコール中毒者。) これは確かに、うろたえるだろう。後半のストーリー無しでも、狼狽は通用するが、ここあってのお話。"周章狼狽"は、なかなか含蓄ある熟語と言えよう。 そうそう、「酉陽雑俎」ではこうなっている。("【狼糞】の煙"がノロシの原初との成式説を紹介した箇所が含まれている。[→])・・・ 狼,大如狗,蒼色,作聲諸竅皆沸。䏶中筋大如鴨卵,有犯盜者,梍V,當令手攣縮。或言狼筋如織絡,小囊蟲所作也。狼糞煙直上,烽火用之。 或言狼狽是兩物,狽前足絶短,毎行常駕於狼腿上,狽失狼則不能動,故世言事乖者稱狼狽。 臨濟郡西有狼冢。近世曾有人獨行於野,遇狼數十頭,其人窘急,遂登草積上。有兩狼乃入穴中,負出一老狼。老狼至,以口拔數莖草,群狼遂競拔之。積將崩,遇獵者救之而免。其人相率掘此冢,得狼百余頭殺之,疑老狼即狽也。 [卷十六廣動植之一毛篇] "狼狽"という用語自体は「前漢紀 孝文皇帝紀下」に"狼狽失據。"と記載されているところを見ると、相当に古い言葉と言えよう。 なにせ、"中華"の語源と呼ばれる書の、"都洛陽への帰国を願う文"に登場するのだ。・・・ 単に、"どうにもならぬ状況"を示す言葉として使われており、今の感覚とは違っていたかも。 彊胡陵暴,中華蕩覆,狼狽失據。 [「晋書」列傳第六十八 桓温] と言うことを考えると、"周章狼狽"の原初は、「世説新語」より、「晉書」列伝の周[269-322年]の方が適切かも。 周,字伯仁,安東將軍浚之子也。 : 始到州,而建平流人傅密等叛迎蜀賊杜弢,狼狽失據。 [唐 房玄齡:「晉書」卷六十九 列傳第三十九] 周、荊州に初めて到着。 建平から流れて来た傅密、等が叛逆しており、蜀賊の杜弢を迎え入れていた。 狼狽し拠点喪失。 (参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡 社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載. 「酉陽雑俎」の面白さの目次へ>>> トップ頁へ>>> (C) 2016 RandDManagement.com |