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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.9.2 ■■■

昆侖觴

"酒"という文字は、偏がミズ[=水]で、旁がトリ[酉]なので、"水辺之鳥"とみなされ、酉水とも言う。甲骨文字では、酉は酒壺だそうなので、壺に入って、その水の中で溺れるべしとの宗教観そのものと言う人もいる。(そんな人は一人しかいないかも知れぬが。)
ちなみに、"酔"は、娑婆の生活を"卆"[=卒]業し、ほとんど壺中[=酉]に居るような状況を指すというのは、呑み屋話である。
もっとも、そのような恍惚文字の話は嫌われるので、特殊なオヤジ集団でしか通用していない。と言うか、酔ってくると、"酒"という文字は三酉と読むべしといった話が横行するのが常。

ともあれ、醸造酒の命は"水"である。
「酉陽雑俎」の「卷七 酒食」も冒頭はその話から。河源水の醸造酒の名前は"昆侖觴"というだけにすぎぬが、旨い酒の薀蓄には目が無いお方をとりあげたもの。成式先生の好敵手的タイプだし、酒飲みが好きそうな手のストーリーに仕上がっている。・・・

魏賈,家累千金,博學善著作。
有蒼頭善別水,常令乘小艇於黄河中,以瓠匏接河源水,一日不過七八升。
經宿,器中色赤如絳,以釀酒,名昆侖觴。
酒之芳味,世中所絶。
曾以三十斛上魏莊帝。


觴とはなんとも難しい文字だが、四字熟語愛好家の方々なら"曲水流觴"としてよくご存知。中華的には二文字だから、本来的には三月三日の觴詠となるものかも。
もちろんのこと、訓は、"さかずき"。

「白堕鶴觴」という言い方もあるようだ。
酒で堕落して天国に飛んでいきそうな印象を与える造語だが、全く違う。酒造りの名匠である劉白堕を指している言葉。鶴は、千里もものともせず、遠路はるばるやってくる渡り鳥の象徴であって、そこまでしても、その酒を入手したくなる状況にあったということ。・・・

河東劉白堕善釀,
六月以貯酒,暴於日中,經一旬,其酒不動,飲之香美,醉而經月不醒。
朝貴相餉,踰於千里。
以其遠至,號曰鶴觴,如鶴之一飛千里也。

  [@「欽定四庫全書」蘇詩續補遺巻上 錢塘馮景-補註]

マ、官僚帝国であり、賄賂感覚などゼロ。贈答は当たり前の風習というか、地位保全のためには欠かせない大仕事。そこでいかに、目立つかが勝負だから、特別な酒があるとなれば、是非にも入手したいと殺到する訳である。
火入れのような醗酵停止技術を取り入れた酒のようだが、品質が安定しているので、長距離輸送が可能になったというにすぎまい。鶴より驢馬の方があっていよう。

ただ、成式の興味は、あくまでも、本気で酒と料理を愉しむことにある。
なにせ、"段家菜"の家元2代目なのだから。

そういうこともあるせいか、酔吟先生的な自称は避けたようである。その替わり、酒の肴には徹底的に凝っていた可能性が高い。

ブランド蔬菜系の料理を出されたりすれば、酒が大いに進むこと間違いなしである。そして、それにエスプリが効いた冗談話が加わるのである。血みどろの権力闘争まっただなかで、政策上では水と油の御仁とも、愉しい一時をすごしたに違いない。ひときわ目立つ異端のインテリと言ってよかろう。
   「食材一覧」
ここで触れた食材のなかに酒も入っているが、食前/食中酒か調味酒的なものではないか。個別の料理に合わせるモノだと思う。
  曲阿酒、麻酒、
段家は、調達食材と菜単だけでなく、醸造方法(酒や)にも凝っていたようだから、酒も特級品が常に醸造されていたことだろう。
  縹膠法、樂浪酒法、二月二日法酒、釀法、

酒飲みだと、成式先生と是非にも知己になりたいと思わずにはいられまい。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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