表紙 目次 | ■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.10.31 ■■■ 本草草部の核心李時珍:「本草綱目」@1596に引かれている「酉陽雑俎」の記述箇所をさらに見ておこう。薬効という点では、注目すべき剤が多そうな草部を取り上げておこう。 この他に、果部、木部があるのだが、李時珍の分別方針は素人にはよくわからない。以下に示すように、草部でありながら、「酉陽雑俎」の木篇記載部分が入っているからだ。 <草之一 山草類上三十一種> 無し. <草之二 山草類下三十九種> 《酉陽雜俎》云:金燈之花與葉不相見,人惡種之,謂之無義草。又有試劍草,亦名鹿蹄草,與此同名,見後,草之五。 【山慈姑/金燈/無義草】 金燈,一曰九形,花葉不相見,俗惡人家種之,一名無義草。 [卷十九 廣動植類之四 草篇] 山慈姑は甘菜あるいは采配蘭との記述が多い。「酉陽雑俎」での名称からみて、素人的には違う植物ではないかとの気がするが、情報が余りに乏しく、なんとも言い難い。 老鴉瓣あるいは、伊犁郁金香の鱗茎とも呼ばれることがあるそうなので、前者と見なした方がよさげとしておこう。 成式は、説明の要無しと判断したのかも。薬用というより、食用になっているため、唐代の長安では誰でも知っていたということでは。いわば、甘い野蒜といったところ。 《酉陽雜俎》云:捺祗出拂林國,根大如鷄卵,苗長三四尺,葉似蒜、葉,中心抽條,莖端開花,六出紅白色,花心黄赤,不結子,冬生夏死。取花壓油,塗身去,風氣。 據此形状,與水仙彷彿,豈外國名謂不同耶? 【水仙/柰只】 → 「西洋とペルシアの植物」【水仙】 これは間違いなく水仙である。 <草之三 芳草類五十六種>山柰,蓽茇,茉莉,積雪草 《酉陽雜俎》雲:柰只出拂林國,苗長三、四尺,根大如鴨卵,葉似蒜,中心抽條甚長,莖端有花六出,紅,白色,花心黄赤,不結子,其草冬生夏死。取花壓油,涂身去風氣。 按此説頗似山柰,故附、之。 【山柰】 上記の水仙と頗る似ているというのだが、理解しがたし。 山柰とは、漢方薬局で売られているものは番鬱金/Sand gingerだからだ。英語の名前から見ておわかりのように、インド〜東南アジアにおける香辛料である。 《酉陽雜俎》云:摩伽陀國呼為蓽撥梨,拂林國呼,為阿梨訶陀。 【蓽茇】 蓽撥,出摩伽陀國,呼為蓽撥梨,拂林國呼為阿梨訶咃。苗長三四尺,莖細如箸。葉似戢葉。子似桑椹,八月采。 「卷十八 廣動植之三 木篇」 蓽撥/Long pepperは胡椒系の植物だそうである。西洋では、今では全くみかけないが、その昔はこちらが胡椒とされていたという。もちろんのことだが、インド大陸やマレー半島と島嶼部では珍しくもない香辛料ということ。 《酉陽雜俎》所載野悉蜜花也。枝幹裊娜,葉似茉莉而小。其花細瓣四瓣,有黄、白二色。採花壓油澤頭,甚香滑、也。 【茉莉】 → 「西洋とペルシアの植物」【ジャスミン】 《酉陽雜俎》云:地錢葉圓莖細,有蔓延地,一曰積雪草,一曰連錢草。 【積雪草/壺草/地錢】 地錢,葉圓莖細,有蔓生溪澗邊,一曰積雪草,亦曰連錢草。 [卷十九 廣動植類之四 草篇] 日本では、壺草/Gotu kolaは雑草と見なされているが、アーユルヴェーダでは重要な役割を果たしているようだ。錢の名前をつけたところからみて、喜んで食べる人も多かったのだろう。 そうそう、ベトナムでは街頭の青汁飲料の定番だという。[崩大碗/Rau má] 成式は食べてみたことがありそう。 <草之四 隰草類上五十三種> 《酉陽雜俎》云:金錢花,一名毗屍沙,自梁武帝時始進入中國。 【金錢花】 毗屍沙花,一名日中金錢花,本出外國,梁大同一年進來中土。 : 金錢花,一雲本出外國,梁大同二年進來中土。梁時,荊州掾屬雙陸,賭金錢,錢盡,以金錢花相足,魚弘謂得花勝得錢。 [卷十九 廣動植類之四 草篇] 小生など、すぐに金盞花/Pot Marigoldと思ってしまったが、違う種である。 和名では小車。普通に言えば"狐の煙草"。その乾燥した花は漢方名で旋覆花。大陸での植物名と同じである。この手の小さな菊は矢鱈と種類が多く、素人には判別がつきかねる。 それにしても、銭に似ていると名づけるのがお好きな社会である。和名の小車とは、仏教の法綸の小さなものと見立てた訳で、その文化的違いには恐れ入る。 《酉陽雜俎》云:麻黄莖頭開花,花小而黄,叢生。子如覆盆子,可食。 【麻黄】 麻黄莖頭開花,花小而黄,叢生。子如覆盆子,可食。至冬枯死如草,及春却青。 [續集卷九 支植上] 麻黄の薬剤は茎である。とてつもなく古くから使われているのに、成式がわざわざとりあげたのは、果実について書いてみたかったからか。可食と。エフェドリン含有で、麻痺効果が出るのかも。 <草之五 隰草類下七十四種> <草之六 毒草類四十七種> 《酉陽雜俎》言:雀芋状如雀頭,置乾 地反濕,濕地反乾,飛鳥觸之墮,走獸遇之僵。似亦草烏之類,而毒更甚也。又言:建寧郡 烏勾山有牧靡草,鳥鵲誤食烏喙中毒,必急食此草以解之。牧靡不知何藥也? 【烏頭/雀芋】 雀芋,状如雀頭,置幹地反濕,置濕處復幹。飛鳥觸之墮,走獸遇之僵。 [卷十九 廣動植類之四 草篇] 烏頭/鳥兜/Monkshoodは花の形からの命名。成式は、鳥一般ではなく、雀だとした。飯に毒を盛る係と認定したのだろうか。 その根、所謂、芋部分はご存知のように猛毒。ご存知のように、日本では附子と呼ぶ。 古代の中華帝国では毒殺は珍しいものではなかったようで、古くから頻繁に使われてきたと見てよいだろう。道教的には、そのような強烈な効果こそ、不老不死に繋がると見なしがち。従って、加熱減毒を図った上で処方するとの、危険極まりない方法がとられていた可能性は高そう。 鳥獣も一発で殺されてしまう、トンデモない植物なのに、どうしてそこまで入れ込むのかというのが成式の疑問では。 《酉陽雜俎》云:胡椒出摩伽陀國,呼為昧履支。其苗蔓生,莖極,柔弱,葉長寸半。有細條與葉齊,條條結子,兩兩相對。其葉晨開暮合,合則裹其子于葉中。形似漢椒,至辛辣,六月采,今食料用之。 【胡椒】 胡椒,出摩伽陀國,呼為昧履支。其苗蔓生,極柔弱。葉長寸半,有細條與葉齊,條上結子,兩兩相對。其葉晨開暮合,合則裹其子於葉中。形似漢椒,至辛辣。六月采,今人作胡盤肉食皆用之。 [卷十八 廣動植之三 木篇] これは説明無用だが、一応コメント。 すでに唐代において、胡盤肉食という、西域料理には必需品だったことがわかる。 漢椒とは蜀[四川]の山椒/Japanese pepperで、蓽撥/Long pepperと合わせ、同類として3種類が使われていたことになる。 <草之七 蔓草類七十三種,附一十九種> 《酉陽雜俎》云:盆甑草蔓如薯蕷,結實後斷之,状如盆甑是矣。 【牽牛子】 盆甑草,即牽牛子也。結實後斷之,状如盆甑。其中有子似龜,蔓如薯蕷。 [卷十九 廣動植類之四 草篇] 牽牛子とは、朝顔の種を乾燥したもの。普通はすでに粉末状にしてある。下剤として有名。そんなことに、成式は全く興味がなかったようである。 そもそも、牽牛草と呼ぶことが不快だったのかも知れない。七夕花とでも呼ぶならまだしも、コリャなんなんだ、と。 形が似ているのだから、盆甑草と呼ぶべしと書いているようなものだが、唐代は観賞用ではなく、渡来の薬用植物だから特段のこだわりがある訳ではなかろう。 ただ、薬のお礼に牛を引いていったという馬鹿げた説でも展開したいということでの命名と見抜いていたのかも。 <草之八 水草類二十三種> 無し. <草之九 石草類一十九種> 無し. <草之十 苔類一十六種 雜草九種> 無し. と言うことで、この項をひとまず終わろう。 (参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載. 「酉陽雑俎」の面白さの目次へ>>> トップ頁へ>>> (C) 2016 RandDManagement.com |