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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.4.5 ■■■

西洋とペルシアの植物

「卷十八 廣動植之三 木篇」には、ペルシア帝国と西洋の比較的珍しい植物がとりあげられているので眺めておきたい。
前者の名称は「波斯国」で、後者は「払林国[拂菻國]」。東ローマ[ビザンツ]帝国だ。[6世紀の領域:イタリア〜バルカン〜小アジア〜レバント〜エジプト〜北アフリカ〜ジブラルタル]
"払林"は当時のペルシアでの呼称だろうが、それが何を指すのかについての定説は無いようだ。
"拂菻國,一名大秦,在西海之上,東南與波斯接,地方萬余裏,列城四百,邑居連屬。其宮宇柱,多以水精琉璃為之。"
"隋煬帝常將通拂菻,竟不能致。貞觀十七年,拂菻王波多力遣使獻赤玻璃、豪熕ク等物,太宗降璽書答慰,賜以綾綺焉。"
 [旧唐書卷198 列傳第148 西戎](大秦=キリスト教 波多力=Papas Theodorus)]
"波剌斯國・・・西北接拂懍國,境壤風俗,同波剌斯。形貌語言,稍有乖異,多珍寶,亦福饒也。
 [大唐西域記11](波剌斯國=ペルシア 拂懍=拂菻)


ペルシアに関しては、舟と陸の通信用の伝書鳩が記載されているところからみて、印度の西に位置する高度な技術を駆使する海洋帝国とのイメージがありそうだし、東ローマ帝国は地勢的には地中海沿岸のレバントを思い描いていたのではないかと思われる。

その見方は正しい。

と言うのは、成式が一番注目している「樹木」とは、香料原料だからだ。つまり、龍脳,樟脳(カンファー)、没薬(ミルラ),乳香(フランキンセンス),安息香(ベンゾイン)、ジャスミン、等々。樹木がそのまま渡来する訳ではなく、レジン、オイル、乾燥組織、といった加工品が貢物としてやってきた筈だ。そのほとんどは、間違いなくペルシア経由。
現代人の目から見ると、熱帯性の場合はどう考えても本場は東南アジア地域だから、直接、長安へ運ぶと思いがちだが、朝廷に納められるのは選び抜かれた「最高級品」。それはペルシアに集まっただけのこと。香料は、「一般品」との違いは極めて大きく、本場ペルシア"産"の最高級イメージは確立していたと見てよかろう。

この篇は、なんとなく眺めてしまいがちだが、どうして成式がこれらの植物を選定したか考えるのも一興。読んでいくと、逆に、どうしてこの樹木が重視されているのか、自分の頭で考えてみよと言われているような気になってくる。

と言うことで、思った通り、イの一番はこの樹木だった。

【龍腦樹】龍腦香樹,出婆利國,婆利呼為固不婆律。亦出波斯國。樹高八九丈,大可六七圍,葉圓而背白,無花實。其樹有肥有痩,痩者有婆律膏香,一曰痩者出龍腦香,肥者出婆律膏也。在木心中,斷其樹劈取之。膏於樹端流出,斫樹作坎而承之。入藥用,別有法。 (婆利國=バリ島国)・・・東南アジアの熱帯雨林の巨木。ペルシア産と書いてあるが、成式がその辺りを知らない筈はない。極上品の素晴らしさを、玄宗と楊貴妃のやり取りを介して書いているのだから。
天寶末,交趾貢龍腦,如蠶形。波斯言老龍腦樹節方有,禁中呼為瑞龍腦。上唯賜貴妃十枚,香氣徹十余歩。上夏日嘗與親王棋,令賀懷智獨彈琵琶,貴妃立於局前觀之。上數子將輸,貴妃放康國子於坐側,子乃上局,局子亂,上大ス。時風吹貴妃領巾於賀懷智巾上,良久,回身方落。賀懷智歸,覺滿身香氣非常,乃卸頭貯於錦嚢中。及二皇復宮闕,追思貴妃不已,懷智乃進所貯頭,具奏它日事。上皇發嚢,泣曰:“此瑞龍腦香也。” [卷一 忠志] (交趾=ベトナム北部紅河中下流域地域/南越)

【安息香木】安息香樹,出波斯國,波斯呼為辟邪。樹長三丈,皮色黄K,葉有四角,經寒不雕。二月開花,黄色,花心微碧,不結實。刻其樹皮,其膠如飴,名安息香。六七月堅凝,乃取之。燒通神明,辟衆惡。・・・辟邪之香が、仏教供養用お香に入ったことを指摘しているようなもの。密教には不可欠。

【没食子】無石子,出波斯國,波斯呼為摩賊。樹長六七丈,圍八九尺,葉似桃葉而長。三月開花,白色,花心微紅。子圓如彈丸,初青,熟乃黄白。蟲食成孔者正熟,皮無孔者入藥用。其樹一年生無石子。一年生跋子,大如指,長三寸,上有殼,中仁如栗黄,可啖。・・・蜂の幼虫により虫瘤ができるとの知識をすでに得ていたことがわかる。薬成分はタンニン。

【Kusum tree】樹,出真臘國,真臘國呼為勒。亦出波斯國。樹長一丈,枝條郁茂,葉似橘,經冬而雕。三月開花,白色,不結子。天大霧露及雨沾濡,其樹枝條即出紫非。波斯國使烏海及沙利深所説並同。真臘國使折沖都尉沙門施沙尼拔陀言,蟻運土於樹端作,蟻壤得雨露凝結而成紫非。昆侖國者善,波斯國者次之。 (真臘國=カンボジア,昆侖國=東南アジア島嶼国)・・・一種のLac tree。要するに、ここでの蟻とはlac bugを指す。紫とは、その虫が木から作った紫色のシェラック、つまり"紫膠"。(花色は違うが。)

【アサフェティダ類 or アギ】阿魏,出伽那國,即北天竺也。伽那呼為形虞。亦出波斯國,波斯國呼為阿虞截。樹長八九丈,皮色青黄。三月生葉,葉似鼠耳,無花實。斷其枝,汁出如飴,久乃堅凝,名阿魏。拂林國僧彎所説同。摩伽陀國僧提婆言,取其汁如米豆屑合成阿魏。・・・1.5m程度の太い茎の草である。アフガン辺りでは神が食べる植物である。西洋からは、臭いガムの木に映るので、神ではなく悪魔となる。北インドでは、"ウコン+アギ"が調味料として使用される。もちろん、仏教的視点では、五葷に該当する。

【波羅蜜 or ジャック・フルーツ】婆那娑樹,出波斯國,亦出拂林,呼為阿。樹長五六丈,皮色青香C葉極光,冬夏不雕。無花結實,其實從樹莖出,大如冬瓜,有殼裹之,殼上有刺,至甘甜,可食。核大如棗,一實有數百枚。核中仁如栗黄,炒食甚美。・・・原産地はバングラデッシュとみられているが東南アジア〜インドに広く栽培されていた筈。しかし、ペルシアやレバントには生えていない。タミールやセイロンから海上輸送で大量輸送されていたということか。熟れていないものを食べると不味いので、日本では評価が低い果物だが、成式先生の大好物かも。

【ナツメヤシ】波斯棗,出波斯國,波斯國呼為窟莽。樹長三四丈,圍五六尺,葉似土藤,不雕。二月生花,状如蕉花,有兩甲,漸漸開罅,中有十余房。子長二寸,黄白色,有核,熟則子K,状類乾棗,味甘如,可食。・・・中東の定番。ペルシャ湾原産であろう。

【アーモンド】偏桃,出波斯國,波斯國呼為婆淡。樹長五六丈,圍四五尺,葉似桃而闊大。三月開花,白色。花落結實,状如桃子而形偏,故謂之偏桃。其肉苦澀,不可啖。核中仁甘甜,西域諸國並珍之。・・・地中海性気候に合う植物だが、イラン東部〜パキスタン西部辺りが原産のようだ。花が咲いた枝は神殿のメノーラー[燭台]に比される訳で、神との契約を履行すると美味しい実ができる樹木でもある。そんなことを、成式は知っていたから、取り上げない訳にはいかなかったということ。

【シアーバターノキ】穡樹,出波斯國。亦出拂林國,拂林呼為群漢。樹長三丈,圍四五尺,葉似細榕,經寒不雕。花似橘,白色。子香C大如酸棗,其味甜膩,可食。西域人壓為油以塗身,可去風癢。・・・シアーバターノキは、西アフリカの熱帯性植物なので該当しない。しかし、小アジアではヘーゼルナッツ油はじめ肌に塗布する手の油糧生産が盛んである。シア脂の如き油がとれる類似種があってもおかしくなかろう。

【オリーブ】齊暾樹,出波斯國。亦出拂林國,拂林呼為齊虚(音湯兮反)。樹長二三丈,皮青白,花似柚,極芳香。子似楊桃,五月熟。西域人壓為油以煮餅果,如中國之用巨勝也。・・・地中海の定番。

【胡椒】,【カルダモン/白豆】,【ヒハツ/】・・・スパイス系はもっぱら東南アジアである。

【ガルバナム】香齊,出波斯國拂林呼為勃梨。長一丈余,圍一尺許。皮色青薄而極光,葉似阿魏,毎三葉生於條端,無花實。西域人常八月伐之,至臘月更抽新條,極滋茂。若不剪除,反枯死。七月斷其枝,有黄汁,其状如蜜,微有香氣。入藥療病。・・・旧約聖書に登場する薫香。療病用とされているが、実体としては、貴人の遺体処理用ではないか。

【カシア】波斯p莢,出波斯國,呼為忽野檐默。拂林呼為阿梨去伐。樹長三四丈,圍四五尺,葉似構縁而短小,經寒不雕。不花而實,其莢長二尺,中有隔。隔内各有一子,大如指頭,赤色,至堅硬,中K如墨,甜如飴,可啖,亦入藥用。・・・現代人だと、東南アジアあるいは中国南部産の桂皮であり、シナモン代替品でしかない。モーゼが使った薫香だし、エジプトでは遺体処理用(ミイラ)に使われてきた。

【没薬樹】沒樹,出波斯國拂林呼為阿糸差。長一丈許,皮青白色,葉似槐葉而長,花似橘花而大。子K色,大如山茱萸,其味酸甜,可食。・・・絵画でよく見かける、イエス降誕における東方三博士の来訪の話で、幼子イエスと聖母マリアに捧げるのが、黄金+乳香+没薬。素人には、その意味はなんとも言い難いが、普通に考えれば、王権+神権+受難(死)の象徴では。

【Gillead tree ("balm of Gilead")】阿勃參,出拂林國。長一丈余,皮色青白。葉細,兩兩相對。花似蔓菁,正黄。子似胡椒,赤色。斫其枝,汁如油,以塗疥癬,無不者。其油極貴,價重於金。・・・ユダヤのギレアデに生えており、芳香性樹脂が溶けた粘性油(バルサム)がとれるとされる。

【水仙】[+]祗,出拂林國。苗長三四尺,根大如鴨卵。葉似蒜葉,中心抽條甚長。莖端有花六出,紅白色,花心黄赤,不結子。其草冬生夏死,與薺麥相類。取其花壓以為油,塗身,除風氣。拂林國王及國内貴人皆用之。・・・水仙は毒物である。その威力があるからこそ生まれる"美しき"冥界的伝説。シチリアからはるばる長安までやってきて、その後、日本にまで渡来した植物。
  「水仙の風土(Tazetta)」, 「水仙の風土(一帯一路花) 」

【ジャスミン】野悉蜜,出拂林國,亦出波斯國。苗長七八尺,葉似梅葉,四時敷榮。其花五出,白色,不結子。花若開時,遍野皆香,與嶺南・糖相類。西域人常采其花壓以為油,甚香滑。・・・熱帯原産だが、事実上ペルシア発祥と言ってもよい。なにせ名称がペルシア語なのだから。

【柏葉護謨樹】阿驛,波斯國呼為阿拂林呼為底珍。樹長丈四五,枝葉繁茂。葉有五出,似麻。無花而實,實赤色,類子,味似甘柿,一月一熟。・・・無花果類であるのは自明。柏の葉に似ている種を選んだが、生憎と熱帯アフリカ産。成式が無花果の類を取り上げているのは、美味しいからではない。この木をこの篇のトリにしたくなる気持ちはよくわかる。
  「白色乳液を出す聖なる樹木」

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎 3」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.
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