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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.12.8 ■■■

左行草

ほんの1行に過ぎないが、草の1種が紹介されている。

左行草,使人無情。範陽長貢。 [卷十九 廣動植類之四 草篇]
人を無情にさせる草が、献上された。左行草と呼ばれていた。

左行とは、左道を行くという意味だろうか。
「酉陽雜俎」での名称は左行草だが、「無上草」の方が通りがよいようだ。
もちろん通称名だが、蕁麻/〃or 刺草[イラクサ]/Nettleの類の一種である"蝎子草/ギラルディニア/Girardinia"を指しているとのこと。
日本には自生していないが、どこにでも生えていそうな草である。写真を見ると、日本の刺草よりさらに棘だらけで、欠刻状鋸歯の形も凄く、見ただけで痛くなりそうな気になるものもある。流石、大陸。(類縁: 大蝎子草, 浙江蝎子草, 台湾蝎子草, 紅火麻, 果蝎子草)
棘はシリカでできているから、強度はそれなりにある。刺されば皮膚内に残りかねない訳で、蟻酸が含まれているから炎症を起こす。ただ、それだけのこと。
食用になるとはとうてい思えないが、若葉を使うこともあるとの記載も。

「草篇」に収載されているので、一応、植物学的に書いてみたが、この話はそのような類の関心があって書かれた筈がない。

太平廣記の"出《酉陽雜俎》"の続く話が、"忘憂草萱草一名紫萱,又名忘憂草。"なので、ここらにヒントでもあればと思ったが、よくよく考えてみれば、単なる媚薬にすぎぬ。

"紅蝙蝠"[→]で引用した、成式ご子息著の「北戸録」は、媚薬が詳しいのである。そこに、左行草も記載されている。・・・
《媚藥》載:
 嗽金鳥辟寒金,龍子,布穀脛骨,鵲腦,砂草,荀草,
 左行草,

その注記にはこんな風に。
使人無情。范陽。常進
《大業記》:錯綵花,似左行草,花葉纎長而多色,正赤,甚美香也。


それにしても、棘だらけの草が何故に媚薬なのかと疑問が湧く。しかも、無情と、媚のコンセプトがどう繋がるのかも、はなはだわかりにくい。

ただ、多くの説明では、瑤草と絡めている。・・・

姑瑶之山。帝女死焉,其名曰女尸,化為瑶草,其叶胥成,其華黄,其實如菟丘,服之媚于人。
  [「山海経」中次七経]

巫山神女とされる瑤姫とは、炎帝の第三女。才色兼備の上に武術が得意だったとされるが、要は、妙齢で絶世の美女。にもかかわらず独身で世を去り巫山上で葬儀。当然ながら仙体であり、霊芝仙草[瑤草]と化したとされる。
常識的には、輝くように美しいか、香りが素晴らしい、あるいは喫茶的に使える草に比定すべき。
そう考えると、実は、蝎子草とは、なかなかの美形の草と言えるのかも知れぬ。一輪挿しにでもしておくと引き立つのかも。中華帝国的な趣味ではないが。
黄金色の花がポッと咲き、スラリと伸びた茎と、青々とした葉。そこにほのかな香りまで感じさせるとしたら確かに魅力的。
もしもそうだとしたら、それは、美女の要件を満たしていると言ってよかろう。
ただ、結婚できなかったのは、棘があったから。
実に厄介な媚薬の草である。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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