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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.3.20 ■■■

天地創造の見方[1:帝鴻]

有徳の"渾沌"の死こそが中華帝国の宇宙創生神話と明確に言いきる人は少ないようだ。
成式もそんな言い方をしている訳ではないが、膨大で広範囲な話題をカバーする「酉陽雑俎」のすべてを読んでいくと、そう考えていたのではないかと思わざるを得なくなる。

すでに、帝江としてとりあげたが、天地創成神話として考察しておきたい。
   「有識無面目の帝江」
この話は神話として、それなりに有名であるにもかかわらず、なにが核となっている話なのか、さっぱりわからぬ解説だらけのなかで、光るものありと感じるからである。

小生の見方は単純。
【渾沌】は身体に穴を開けられたのだが、それは悠久の世に、突然にして時間軸が発生したことを意味する。死の発生とはそういうこと。
重要なのは、この【渾沌】こそ、中華帝国のシンボル、"中央"に存する帝であることを明言している点。・・・
南海之帝為
北海之帝為忽,
中央之帝為【渾沌】。
與忽時相與遇於渾沌之地,渾沌待之甚善。
與忽謀報渾沌之コ,曰:
 「人皆有七竅 以視聽食息,此獨无有,嘗試鑿之。」
日鑿一竅,七日而渾沌死。

  [「莊子」内篇 應帝王第七]

成式は、「卷十四 諾」で、【帝江=渾】と見なしている。

天山有神,是為【渾】。
状如而光,其光如火。六足重翼,無面目。
是識歌舞,實為【帝江】。


ちなみに、この元ネタと思われる「山海經」卷二 西次三經の原文はこうなっている。・・・
《西次三經》之首,曰崇吾之山,--- :
西三百五十里,曰天山,多金玉,有青雄黄。
英水出焉,而西南流注于湯谷。
有神焉,其状如黄,赤如丹火,六足四翼,
【渾敦】無面目,是識歌舞,實為【帝江】也。

奇妙な姿ではあるが、要するに、"黄"色の天山の神であり、【帝江】と呼ぶとされている訳である。

しかしながら、「神異経」西南荒経三則になると、そのような扱いから外れる。・・・
昆侖西有獸焉,其状如犬,長毛四足,似羆而無爪,有目而不見,行不開。有兩耳而不聞,有人知往。有腹無五臟,有腸直而不旋,食物徑過。人有コ行而往牴觸之。有凶コ則往依憑之。天使其然,名為【渾沌】。
《春秋》云:渾沌,帝鴻氏不才子也。空居無為,常咋其尾,回轉仰天而笑。

崑崙の西に獸鳥が棲息している。
その外見は犬の如きで、長毛四足。
[ヒグマ]に似て爪無し。
目はあれど見えず。
そのため、足を開いて前行できず。
両耳はあれど聞こえず。
ただ、人が往くところをよく知っている。
胴体はあれど内臓無し。
腸は真っ直ぐで、捻れていない。
そこで食べ物は素通り。
有コの人が進んでいると、ぶち当たってくる。
反有徳の人が往くと、それに付き従う。
そんなことで、天がつけた名前は【渾沌】。


上記の文で最後に引かれている、左丘明:「春秋左氏傳」文公十八年には、黄帝鴻氏の不詳の子で、反有徳な"醜類惡物"であり、四凶の一角を占めていたが、舜に追い出された、と。・・・
季文子[魯 宰相:B.C.651-B.C.568年]使大史克對曰:
  :
昔【帝鴻氏】有不才子.掩義隱賊.好行凶コ.醜類惡物.頑不友.是與比周.天下之民.謂之【渾敦】
  :
流四凶族.【渾敦】.窮奇.檮.饕餮投諸四裔.以禦魅.是以堯崩而天下如一.同心戴舜.以為天子.以其舉十六相.去四凶也.

ここには自分の尾を咬むとか、回転して天を仰いで笑うとの記載は無いが、そのような版もあるのかも知れぬ。
ともあれ、極めて不快な惡物というイメージを増長させようという意図が見え見え。

そして、何よりも肝心なのは、【渾敦】は【黄帝鴻氏】の不詳の子であって、帝ではないとしている点。
えらく面白可笑しな姿であり、知的な素振りを全く欠く振舞いしかしないのに、それを天の中央に位置する黄帝とするのはえらく拙いのである。中華帝国の支配階級には心理的にも耐え難いということであろう。
中華帝国に神話の編纂書が生まれないのは、ここに原因があろう。下手にここらを書こうものならすぐに首が飛ぶこと必定。

尚、宋 裴:「史記集解」卷一@欽定四庫全書に、"賈逵曰:【帝鴻】 黄帝也.不才子其苗裔 讙兜也."とある。致し方ないから、帝鴻=黄帝としている。しかし、【渾敦】は全く別であり、書経に出て来る「驩兜」の別称としたいのである。
特に儒教信仰者やそれを活用する為政者にとっては、【渾敦】は唾棄すべき存在であり、できれば抹消したい筈。道教は、帝御用達の官僚組織との親和性第一のご都合主義であるから、【渾敦】などどうでもよい存在であろう。
そうそう、【帝江】という名前だが、他の天地創造話を考えていけば、どうしてそうなったかも見えてくる。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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