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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.5.16 ■■■

酉陽雑俎的に山海経を読む

--- 全体像:14 死後の世界 ---

【馬王堆[@湖南長沙]一号墓T型帛画】[→ wikipedia commons]で死後の世界観を探ってみたい。
 1972年出土"出殯銘旌"[L205cm W上端92cm下部47.7cm]
 被葬者は初代侯 利蒼[n.a.-B.C.186年]の妻

天上、地上、地下が描かれているとの解説しか見かけないが、そのようなステレオタイプの眼鏡で見るべきではなかろう。素人が見れば、明らかに、そのような3部に分かれている構図とは思えないからだ。

全体は2つにわかれていると見るのが、普通のセンスである。T型の左右の袖がついた上部と、袖なしの下部。両者の間に仕切りがあるからだ。
上部は名付ければ天部だ。左右と中央の3分割の構図としたくなるが、下部に入口があるから、ここは上層部と入口を含めた下層部の2分割で眺めるべきだろう。

両袖の無い長方形の下部も、2層構造になっている。地上と地下ではなく、上層は昇天シーンで、下層が地上と地下である。
奇をてらっている訳ではなく、これが一番素直な見方である。都合のよい説を展開したい人は、それができないだけ。

と言うことで順番に見ていこう。

【I】天部
<天部上層:中央>
ここは、「天帝」の定位置と考えるべきだろう。ただ、どう見ても女神である。
 ・髪を乱した人頭人身赤色蛇尾神
 ・その上に、首を伸ばして鳴く5羽の仙鶴
赤尾ということで、山海経の燭竜に似るが、長い真正蛇身とは言いかねるので、「女」と考えるべきだろう。天帝は黄帝や炎帝といった男神ではないのである。
このため、後世になって、女と絡み合う「伏羲」を登場させたということか。
<天部上層:右側袖部>
太陽の宮の位置である。
 ・赤丸の太陽
 ・その内に、2本足の黒色烏
 ・支えている舞う龍
 ・吉祥雲
「山海経」では3本足の鳥は、人面鵁的鳥瞿如[南山3系]と蛇的鳥酸與[北山3系]。烏的な鳥は多いが3本足は無い。
「酉陽雑俎」では、その3本足の鳥の存在が笑い話として収載されている。・・・
 実際に三本足がやってきたので、瑞兆として、則天武后は大喜び。
 そんなものは偽物だと、先の者が指摘し、則天武后の不興を買った。
 ところが、足が一本墜落。
[→「羽 (鳳, 烏)」]
その太陽の下には、下部が曲がりくねる蔓木があり、8個の小太陽がある。都合9個であり、画中に無い1個の太陽は未帰来か。
となれば、この樹木は扶桑@湯谷/海外東経,大荒東経と考えるしかあるまい。
<天部上層:左側袖部>
月宮の位置である。
 ・三日月
 ・その内に、靈芝と蟾蜍、跳躍する野白兎
 ・下から月を手で支える飛翔美麗女性
 ・支えている舞う龍
 ・吉祥雲
この女性は@大荒西経と考えるべきだろう。
太陽宮も月宮も、それぞれ専任の龍が支えていることになる。両者に違いがあるのかははっきりしない。
この上層は、神の領域であり、昇天したヒトが到達する場所とは思えない。従って、下層にそのスペースがあってしかるべきだが、その様子は描かれていない。昇天した際の入口の様子のみが描かれている。
<天部下層:門上部>
 ・翼を広げ飛ぶ双鴻雁
 ・斑文様の2頭の神馬
 ・それに騎乗する人的手足の狗頭獣(太縄で鐸を引いている.)
 ・鐸(一種の大型鈴)
該当しそうな狗頭獣は、山海経には見つからないが、馬の方は、有文縞身朱目黄金の馬的獣「吉量」@海内北経が近そう。歓迎の音楽と舞が行われていると見てよいだろう。
<天部下層:門口>
 ・圭的門
 ・横壁に跳ひ乗り振り返る阿吽型2頭の豹的瑞獸
 ・門内部に対座拱手爵弁服着用の一組の官吏
この官吏は門番[]とされているようだが、格好がいかにも上層官吏だから、歓迎役と見るべきだろう。門の守護役たる豹も入口から去って、その意向を示している訳だし。
つまり、上層の最高神の命で門で歓迎しているということであろう。場所としては、天帝の下都ということになろうか。山海経では、そこは崑崙であり、開明獣が護る門@海内西経以外に8つの門があるというから、その1つではないか。

この、上層と下層の間が曖昧なのは、確固たる概念が定まっていなかったことを示している。つまり、昇天したヒトは、上天に住む神になれるのかはっきりしていなかったのであろう。そこで、上天の天帝と下都の女神への分化が発生したのだと思われる。仙人願望が一世風靡したため、この辺りを2分する必要があったのだろう。その結果、崑崙の女神として、ご都合主義的に巫女国王だった西王母があてられたということかも。(馬王堆一号墓被葬者の遺体の発掘直後の状態は、まるで生きているかのような弾力性を維持していたそうだから、本気で不老不死のための努力が行われていた訳で。)

【II】昇天シーンと地上/地下部
全体として分かり易くまとまっている。その中心部には巨大な璧があり、それに交叉する形で双竜が存在する。上が頭で、尾は最下部にまで到達する
その構造のなかに3階層。

<門直下の昇天シーン>
○華天蓋
 ・蓋上中央に巨大な一輪花
 ・花両側の一対長尾鳥
 ・蓋下に蝙蝠的怪鳥
鳥は鳳凰ではなく、帝之百服役である鶉鳥@西山経かも。怪鳥はわからず。
○横面が雷模様の平床
 ・巨大璧上の傾いた支持柱(4x4枚の四角な板構造)
 ・柱の両側に赤色豹
○平床上の出立状況
 ・杖を持ち錦の長衣着用の高貴な被葬者
 ・後方黄,赤,白色衣服着用の3名の婢
 ・前方赤,青色衣服着用の跪いて捧げる従者2名
侯夫人の特徴を的確にとらえている姿だそうだ。従者ではなく、御迎えの使者と見るのが一般的なようだが、それなら正装の筈。
<中心部>
○巨大璧/
 ・絡んで璧の孔で互いに交差する双龍
 ・璧から紐のように垂れ下がる彩色幔幕
[佩玉的絲帶/]
   幔幕上に一対の人頭鳥身
山海経には人面鳥身神は多いが、耳飾りをしていないし、蛇でなく兩龍に乗るとされているので、句芒@海外東経が該当しよう。
<最下床>
○玉磬型屋根と平板の床
 ・玉磬型屋根を璧からぶる下げる彩色幔幕
 ・龍の尾に繋がる雲型棚受
○葬式シーン
 ・2段になっている供物台
   上段には耳杯3ツ、小壺、祭祀器
   下段には供犠品
 ・両側に拱手している長冠の人々
(左4名 右3名)
 ・3つの鼎と2つの大壺
 ・左側に祈る喪主
<床下地下>
魂魄信仰があるとされる割に、魄が行く地下の描き方は相対的に貧困である。もっぱら、魂の永遠性を追求しているからか。
 ・床を支える赤色裸体の力士的姿の神
   股をくぐって龍尾に絡む赤蛇
(黒リボンを巻く.)
 ・地神を載せた一対の交叉する赤尾と青尾の巨大魚
   それぞれによりそう怪羊
   一組の、梟を載せた亀
(黒リボンを巻く.)
黒のリボンは喪章なのだろうか。水に関係する、蛇、亀、魚が登場するのはさもありなんだが、羊や梟の存在は理解を越える。山海経に該当しそうな生物はいそうにないし。
尚、大魚は鯤だとか、地主神は鯤といった解説を見かけるが、根拠がよくわからぬ。


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