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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.6.20 ■■■

鮮やかな文

成式は「卷八 黥」をわざわざ設定しており、刺青は文化的に極めて重要なジャンルと考えていたことがわかる。
観察が鋭い上に、審美眼も鍛えているから、様々な気付きがあったようである。・・・

蜀人工於刺,分明如畫。
或言以黛則色鮮,
成式問奴輩,言但用好墨而已。

蜀の人による墨入れだと、その絵は映える。
眉墨の鮮やかさは特筆モノと言う人も。
そこで、成式は家人の奴隷にその理由を尋ねた。
えらくそっけない答えだった。
刺青にあった墨を使うだけのことです、と。


どうでもよさそうな話。
にもかかわらず収載しているのは、「いれずみ」の世界は広くて深いことに気付いていたからだと思う。
実際、常に新しい動きを伴っている分野なのである。従って、その語彙も多々あるそうだ。・・・文身、薪、彫青、入墨、刺青、青、膚箚、箚刺、彫り物、彫入、刺繍、入れぼくろ、がまん、もんもん、タトゥー、・・・。

普通には文身と呼ぶことが多いが、それは身体に文様をつけているという意味なのであろう。
ここでの「文」とは入墨した様を示すというのが白川漢字学の見方。
甲骨文〜金文では、"'+Λ+X"という人形"文"の丁度真ん中の胸に当たる部分に、小さくお印が入れ込んである。"X"あるいは"V"、[金文体の]"心"である。それが小篆となって、省略されて"文"となる。兇=凶=の同類文字ということになろう。

もともとは海人の祓除的信仰からくるものだろうが、その場合は顔面に彫る""とセット。だが、内陸部に落ち着く生活になれば、それは不要な筈。しかし、その伝統は消せないのである。
貝貨や子安貝のような精神的なシンボルと化すことになる。結果、部族としての通過儀礼になり、次第にその模様も装飾的になり、一方で、祭祀上の意味も拡大解釈されていくのであろう。。
  言=辛+口[白川学では祭器]…神に誓う詛
(但し、匈奴のように、海人とは無縁そうな民族にも、刺青風習がある。)

白川漢字学では、刺青について、もう一つ重要な指摘がなされている。
「辛」は墨入針の象形であるというのだ。
(ということは、梓[→]とは大陸では版木用材の樹木ということか。もっとも、成式は別な巻で"梓木為棺"と引いているが。)

"つらい"という意味で使われる文字だが、そのような解釈が生まれたのは<墨刑>が登場してからの付加的解釈ということになる。と言っても、えらく古い時代から続いている罪刑らしい。
よく知られている文字の字源はソコにあり、と。・・・
  ♂受刑者童…目の上に墨(加えて、冠や結髪禁止で子供の様相)
  ♀受刑者妾…額に墨
  ["罪"が代替字]…鼻[自]に墨

そして、その刺し針に墨溜をつけると「章」。
 章=辛+日[墨溜]
簡単なマークを付けるのではなく、本格的な絵を彫る場合はこちらになるということなのだろう。従って、その意味は美しく鮮やかな文身になるというのである。
文章という語彙は、ここから来ていると言う訳だ。

現代では、そんな感覚はとうに失われているが、成式は薄々感じ取っていたのかも知れぬ。

ただ、タトゥーは現代でも好きな人は少なくないようだ。それなら施術は格段に進歩しているかといえば、そういうことではないようだ。自動入墨針はあるものの、手仕事が多少簡便になったにすぎず、図案通りに美麗に仕上げたいなら職人技に期待するしかないらしい。

ところが、唐代はなんとスタンプ入墨があったらしい。それが商売になるのだから、驚き。
お上のご意向に逆らうことになるというのに、刺青は大人気だったのである。図案は平凡であるが、そこに、よりよき夫婦生活を期待していたのかも。・・・

荊州貞元中,市有鬻刺者,
 有印,印上簇針為衆物,状如蟾蠍杵臼。
隨人所欲一印之,刷以石墨,
 瘡愈後,細於隨求印。

貞元[785-805年]期、荊州@湖北のこと。
市で刺青を商売
[鬻=販]にしていた者がいた。
印があって、その上には筵のように針が植えてる。
様々な形が揃っていたが、こんなところである。・・・
  蟾
[ヒキガエル]、蠍[サソリ]、杵と臼。
これにして欲しいという指示に合わせ、
石墨で摺り込むのである。
傷口の瘡蓋が癒えた後には、
求めた印通りの精細な刺青に仕上がるのであった。


(参照) 小野友道:「文身文化:白川静の漢字の世界 (いれずみ物語;30)」大塚薬報 641 2008年
白川静:「漢字―生い立ちとその背景」 岩波新書 1970年

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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