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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.8.31 ■■■

雷神が落とした磐

「續集卷一 支諾皋上」の仏僧に関係する奇譚をとりあげよう。・・・

伊闕縣令李師晦,有兄弟任江南官,與一僧往還。
常入采藥,遇暴風雨,避於榿樹。
須臾大震,有物瞥然墜地。
倏而朗睛,僧就視,乃一石,形如樂器,可以懸撃者。
其上平齊如削,其中有竅可盛,其下漸闊而圓,状若垂,長二尺,厚三分,其左小缺,斑如碎錦,光澤可鑒,叩之有聲。
僧意其異物,置於樵中歸。
櫃而埋於禪床下,為其徒所見,往往有知者。
李生懇求一見,僧確然言無。
忽一日,僧召李生。
既至,執手曰:
 “貧道已力衰弱,無常將至。
  君前所求物,聊用為別。”
乃盡去侍者,引李生入臥内,撤榻掘地,捧匣授之而卒。

伊闕縣[@河南洛陽南]の県令である李師晦には兄弟がいた。
江南で官吏をしており、ある僧侶と往還していた。
その僧だが、薬草採取に山野に入るのを常としていた。
ある時、暴風雨に遭遇。
欹樹
[=桜葉榛の木[→]]の下に避難した。
その時のことである。
しばらくの間だが、大震動が発生。
すると、ちらっとのぞいたにすぎぬが、
 何か、物が地上に墜落してきたのである。
すると、たちまちにして、空は、朗々と晴れ渡った。
そこで、僧はじっくり視ることにした。
すると、それは、懸けて撃つことができるような樂器に似た、
1個の石だったのである。
 その上部は、削ったかのように平坦。
 真ん中には、物を盛ることができそうな穿った穴。
 下部は、だんだんと広くなっており、端は円形。
  嚢のように垂れた形状で、長さ2尺にして、厚味3分。
 左側には小さく欠けた箇所があり、
  さざれ錦模様のような斑紋様がついており、
  光沢があるので鏡にもなるような代物。
叩くと音が響いた。
僧は、これは異なる物と、樵仕事の木々の中に入れて帰った。
そして、櫃にしまい、禪室の床下に埋めたのである。
ただ、その行動は、徒人に見られてしまった。
そのため、往々にして、それを知る者がでてきた。
ということで、李生もそれを耳にしたのである。
と言うことで、是非にも一見をと懇願したのだが、
僧はそんな物は無いと確然と言い放つのみ。
ある日のこと、忽然と、その僧が李生を招いたのである。
到着するや否や、僧は李生の手をとって、言った。
 「拙僧はすでに生きる力が衰弱してしまいました。
  まさに、無常の時至れりであります。
  君が以前見たかった物がありましたナ。
  そこで、とりあえず、お別れの印としてお渡し致したく。」と。
お付きの者を下がらせ、李生を、臥内に引き入れた。
寝床を取り除いてから、その下の土を掘り、小さな四角い箱を抱えあげ、それを李生に授けたのである。
そうこうするうち、僧は逝去。


雷様が墜ちてきて、太鼓を忘れて帰ってしまったという話があるが、ここでは雷神が落とした「磐」だろう。

「磐」のもともとの文字は、吊るした板上の石を人が叩いている象形の「[=声+殳]。従って、「磐」は"打ち石"となろう。
一方、意味ある音を発する場合は、「」だろうし、聴こえてくる音そのものは声の旧字である「」があてられていたと見るのが自然である。
古代から、石の声は神秘的なものであり、雷鳴とはそのようなものと見なされていたのだと思われる。おそらく、その石は火山の神がもたらしたものであると感じていた筈。
仏僧は、そのような石の持つ威力を、お経を念じることで抑え込むことができると考えていたのであろう。
それを、何故に、在家に渡してしまおうとの決断は、はなはだ疑問だが、教団の都合や僧侶の欲望から、「磐」が利用される可能性を感じていたのかも知れぬ。
それなら、真摯な信徒に自由に活用してもらった方がましということではないか。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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