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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.11.22 ■■■

蜃と海朮

成式が、どうして突然にこんなことを書きたくなったのかわからぬ一行あり。・・・

蜃 身一半已下鱗盡逆。

もともと、"蜃"については、まともな説明が何ひとつ無いのが実情。それにもかかわらず、名前だけがよく知られている。
しかも、どうも2つの概念が入り乱れているのである。

そこらを指摘したかったということかも。

有名であるのは、「蚌考」[→]で"蜃"を取り上げたように、「禮記」月令第六の記載が遍く知られているから。
 雉入大水為蜃。
上記の文章の前には、"水始冰,地始凍。"があり、要するに、七十二候の寒露次候に於ける、"雀が海に入って蛤になる"の文章である。日本では流石に、これは使いたくなかったようだが。
この解釈だが、丁度この季節になると、渤海で蜃気楼が発生し、蓬莱の島が浮かぶことが知られていたということになっている。説得力あるというより、他に思いつかないからコレしかなかろうといったところ。

しかし、蛤に鱗などある筈はない。従って、この現象とは無縁の同文字異義の"蜃"という概念が存在することになる。

この両者を並記しているのは、後世の「本草綱目」鱗之一 蛟龍 【附碌】・・・
蜃,
時珍曰:
 蛟之屬有蜃,其状亦似蛇而大,有角如龍状。
 紅鬣,腰以下鱗盡逆。
 食燕子。
 能吁氣成樓台城郭之状,將雨即見,名蜃樓,亦曰海市。
 其脂和作燭,香凡百歩,煙中亦有樓閣之形。
《月令》云:
  雉入大水為蜃。
陸佃云:
  蛇交龜則生龜,交雉則生蜃,物異而感同也。
類書云:
  蛇與雉交而生子曰, 似蛇四足, 能害人。
云:
  音梟, 蛟也, 或曰蜃也。
又魯至剛云,
  正月蛇與雉交生卵, 遇雷入土數丈為蛇形, 經二三百年, 乃能升騰。
卵不入土,但為雉爾。觀此數説, 則蛟蜃皆是一類, 有生有化也。
一種海蛤, 與此同名,羅願以為雉化之蜃,未知然否?詳介部車螯下。


「酉陽雑俎」の記載も取り入れているからだろうが、蛟類で角がある龍形だが、腰以下の鱗は逆向きというのが、本来の"蜃"の定義ということでは。
海人が出会ったことがある異形の鮫の総括的用語と考えるのが自然であろう。
従って、蜃気楼も、そのような海龍的生物の気で生じた現象とされたのだろうが、南の海人が見たことがありながら、渤海には全く棲息していないから、異なる"蜃"が必要となったのであろう。マ、ご都合主義そのもの。

成式はその辺りを見抜いていた可能性がありそうだが、なんとも。

"蜃"は、実在の海棲動物であるのは間違いないと思うが、そうとは思えない記載もある。・・・

南海有水族,前左長,前右短,口在脅傍背上。
常以左捉物,置於右
 右中有齒嚼之,方内於口。
大三尺余。
其聲術術,南人呼為海術。

南海の水棲動物。
左前脚は長いが、
右前脚は短く、
口は脇腹
[=脅]の側らの背の上にある。
常に左脚で物を捕捉し、右脚に置く。
右脚の中に歯があり、
 それで噛んでから口中内に入れる方法をとる。
大きさは3尺余り。
"術術"という音の声を出す。
南人は、コレを"海術"と呼ぶ。


手足を使うためには、必ず先頭があり、身体の中心線に心棒となる脊椎があるか、強固な外殻があるかのどちらか。
どうあれ、基本は頭─尾と背─腹という方向性があるから、左右相称となる筈。
このようなボディプランを考えれば、記載されている生物はそのようなタイプに該当しそうにない。"𩶄"ではないということ。
そうなると、磯巾着、水母といった部類における触手のように、擬似的表現としての手足と考えるしかなかろう。

ただ、どうあれ、動物は自力で動く以上、必ず方向設定が必要になるから相称であり、そのルールが破られるとしたら、突然変異の異形と見てよかろう。

該当可能性が高いのは、放射相称が崩れた、異形の海星/人手 or 海盤車/ヒトデ/Starfish or Sea star
幼生は左右相称の生物であるから、放射相称になる過程でなんらかの異常が発生したということではなかろうか。あるいは、足部がちぎれてしまい、復活再生過程でヘンテコな形になったというだけのことかも知れぬ。

尚、"朮"は、日本語では植物の關蒼術/朮/オケラ/(Atractylodes)(漢方薬の"白朮"は根茎。)「爾雅」釋草には、"朮,山薊,楊,枹薊。"と記載されているが、説文解字の禾部の⇒朮であり、穀類用語にも用いられる。部の𦬸には山薊と。

白川静説では、術[金文]の用法から判断して、"朮"は呪霊獣の象形とされている。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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