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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.7.12 ■■■

蚌考

"蚌蛤"は古い単語のようで、二枚貝の蛤/浜栗/ハマグリ[→]とされる。どちらか一方の文字を使っている場合が多いが。
月也者,群陰之本也。月望則蚌蛤實,群陰盈;月晦則蚌蛤虚,群陰虧。 [秦 呂不韋:「呂氏春秋」季秋紀 精通]
もっとも、日本では蚌貝は烏貝/カラスガイ(貽貝/イガイ)を指し、中国での呼び名は褶紋冠蚌であるから、蚌は総称的に用いられる単語と見るべきなのだろう。

それでは、"螺蚌"となると、何を指すか。

螺は巻貝(腹足)以外にかんがえられず、1文字なら巻貝のツブ[→]ということになろう。
それと二枚貝(斧足)が一緒になると一体全体どうなるのか。蚌的な螺というのは、考えずらいし。
別々なものと見ることもできる。実際、この2種に淡水棲と思われる小蝦と汽水棲の蜆/シジミを加えた言葉がある。四字熟語ではなく、"蝦蜆螺蚌怎生奈何。"という「碧巌録」【三三】擧 陳操尚書看資福に出て来る語句で、"たいしたものではない"意味。この場合、螺は淡水棲の小さな壺状巻貝で、蚌は淡水棲二枚貝の泥貝/ドブガイと考えるとよさそうである。

しかし、"螺蚌"は2文字続きの海棲巻貝の一種を指す可能性もある。・・・

螺蚌,鸚鵡螺,如鸚鵡,見之者兇。
蚌當雷聲則


これを何に比定するかはご勝手に、の世界かも知れぬ。
小生の見方は後述することにして、一緒にあげられているもう一つの貝について書いておこう。

鸚鵡螺/オウムガイ[→].は、何の知識も無しに初めて見たら、最初は大きめの巻"貝"に映るが、次の瞬間、先ず間違いなく異様な生物との印象を植え付けられるだろう。貝殻から、頭がでおり、しかも、その目が特殊な様相だからだ。蛸や烏賊の仲間と解釈することはとうてい無理である。現代人なら、貝殻模様が美しいと思う人も少なくなかろうが、それは生物分類学の生半可な知識を頭に取り入れてしまった結果でもある。初めてお目にかかれば、あちら様からじっと見られている様に感じる訳で、気味悪くなってくるのが当たり前。特に、マナ信仰を持っていた古代人の社会では、視線を感じると呪術をかけられていると感じるのが普通だからだ。
それに、頭とは別に、触手が矢鱈に沢山でていることも、気味悪さを後押しした筈。

急いで逃げるほどのスピードは出ないようだが、浮かんで漂っているのではなく、自在に動く。
コリャ、超能力の持主と見られてもおかしくなかろう。
兇とされるのも無理はない。
雷鳴を耳にすると、すくんでしまい、身体が一気に縮小するとされるが、驚かせると殻のなかに入るという話と違うか。

と言うことで、オウムガイ同様に、オウムに似ているとされるのが"螺蚌"。
そもそも、オウムガイのどこが、賢そうで色彩豊かな鸚鵡に似ているのか、はなはだ理解しにくいところだが、一応、目力が凄いとしておこう。
そう考えると、こちらの貝は、例えば「眼力超強力」の籬貝/マガキガイなどどうだろう。[→]

古代海人のマナ信仰で考えれば、オウムガイとマガキガイにじっと見つめられていると感じただけで身の毛がよだった、と睨んでいるのだが。

さて、蚌では、もう一つ。蚌とは書いてはいないが。・・・

蛤梨,候風雨,能以殼為翅飛。

わざわざ、"蛤梨"と書いている理由が判然としないが、もともとは、多汁な梨のような二枚貝という見方をしていたのだゾというところか。もちろん、"蛤蜊"のこと。
方倦龜殼而食蛤梨。
…{注:蛤梨,海蚌也。}
 [「淮南子」卷十二 道應訓 高誘注]
蛤、
…{注:蛤梨、海蚌也。}
 [「漢書」地理志]
アサリは日本では普通はハマグリと区別して浅蜊と書くが、食ではハマグリの類として扱って蛤仔と書くことになる。中国語でも、広義にとるようで、蛤蜊あるいは蛤蠣。
考えて見れば、蛤[=虫+合]は2枚の殻を合わせた形状の貝を指していそうだし、蚌[=虫+]は、小さな身を山のように積んで供する手の食物といった意味なのだろう。

次は、蚌に似ているということで。
どのような観点で、何に似ているのかわからぬので、往生するが。・・・

玉桃,似蚌,長二寸,廣五寸,
殼中柱炙之如牛頭肱項。


玉桃と言えば、普通は伝説の仙桃ということになるが、「山海経」東山系2▲皋之山の蜃がそれに当たるのかネ。
マ、似ているというより、海産の蚌そのものではないかと思うが。貝柱が珍味のようだから。

漢字的には「[玉+兆]」/タイラギで決まりである。[→]

宣明暦七十二候には、雀入大水為蛤@寒露とか、野鶏入水為蜃@立冬のように、意味不明な記載がある位だからこの程度の表現は穏当なものといえよう。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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