表紙 目次 | ■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.12.10 ■■■ お化け巨大栗山海經では、<東荒>には日月が出る山が存在すると。[大荒東經]漢代に西王母信仰が立ち上がった。山海經とは全く異なるイメージの、不老不死の元締め的存在として登場したのである。おそらく、それに伴い、東王父も生まれたと思われる。 そうなると、西の桃に対応した東の果実があってよさそうなもの。桑の実でもあるまいし、栗にすればよいのに、というお話。と言うことでは無さそう。・・・ 【東荒栗】, 東方荒中有木,名曰栗。 有殼,徑三尺二寸。 殼刺長丈余。 實徑三尺。 殼亦黄。 其味甜,食之令人短氣而渴。 [續集卷十 支植下] これは、東方朔[B.C.154-B.C.93年](後人偽託):「神異経」の一節から。・・・ 木栗出東北荒中,有木高四十丈,葉長五尺,廣三寸,名栗。其實徑三尺二寸,其殼赤,其肉黄白,味甜,食之令人短氣而渇也。 倭僧が親友だし、マラッカ海峡経由で来訪した天竺僧の知人もいるから、植物の実情は、成式はよくご存知の筈。にもかかわらず、どうして所収したくなったのだろう。 珍しい"猴栗"はちっとも美味しくないかったという話[→]のついでに、倭栗のことを書きたかったが、それよりはこちらが面白かろうということか。 ちなみに、日本列島は、三内丸山が繁栄していた頃から栗の栽培が盛んだったせいもあるのか、大陸の種(錐栗, 板栗, 芽栗)より実が大きかったのは間違いない。 江戸期も、実の大きさをウリにした産品開発が盛んだったようで、大きいことで知られる、秋田佐竹北浦特産"西明寺栗/善兵衛栗"はその系譜を引くらしい。(重量記録:66g) しかし、和栗は、渋皮がえらく剥きにくいから、それほど魅力的なわけではなかったと思われる。 「本草綱目」果之一 栗でも、"倭、韓國諸島上栗大如雞子,味短不美。"とされている。 尚、毬/梂的な殻斗/熨斗がある堅果といえばドングリも入ってくるが、マレー半島〜ボルネオ〜ジャワ辺りに棲息している様々な石櫟/馬刀葉椎/マテバシイ/Stone oak類[照葉樹]ならイガが大きな種もありそう。しかし、巨大栗ほどではなかろう。 (参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載. 「酉陽雑俎」の面白さの目次へ>>> トップ頁へ>>> (C) 2017 RandDManagement.com |