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2004.1.10
 
 


魅力無きスポーツ報道…

 正月恒例の箱根駅伝に関するインターネット報道を眺めてみた。
 流石に、伝統を誇る読売新聞(報知新聞)の「ウェブ報知」では、様々な情報が掲載されている。ファンにとっては嬉しい記事ばかりだと思う。
 一方、非新聞系の代表、ヤフー(ワイズ・スポーツ)の「スポーツナビ」も充実している。
 両者を比較して、内容はたいして変わらない、と見ることもできるが、印象はかなり違う。非新聞系は、スポンサーもついており、署名コラムや、独自解説が提供されているからだ。報道機関情報の二番煎じから脱しようと動いている訳だ。
  (http://sportsnavi.yahoo.co.jp/other/athletic/ekiden/hakone04/index.html)
  (http://www.yomiuri.co.jp/hochi/hakone/2004/top.htm)

 しかし、全国紙は強い。万人向けの内容に徹するからだ。
 お蔭で、情緒的で当り障りの無い記事が多くなる。どの新聞もたいして変わらない内容になる。

 本当のスポーツファンなら、このような報道に満足できまい。

 例えば、最近は陸上競技が人気だが、どの記事を見ても、室伏広治選手のハンマー投げの独自性を褒め称えている。この技法が生まれた背景、周囲の人物像、室伏選手の人となり、などが紹介される。人気タレント同様の扱いである。
 ところが、肝心の「倒れ込み」技法についての解説は滅多にお目にかからない。今までの常識とは違う技法という指摘だけで、何が革新的なのか、さっぱりわからない。

 解説されなくても、映像を見れば、室伏選手の小柄で軽い体が、大きく傾き、その弾みでハンマーを一気に投げているのはわかる。他の選手とは全く違うスタイルだ。このような投げ方で、何故距離がでるのか、誰でも気になると思う。
 ところが、体を傾けることで回転半径を広げる技法、との説明だけだ。
 これでは、合点がいかない。
 (身体の回転に限れば、傾ければ回転半径が大きくなるのは、当たり前だ。
 しかし、これはハンマーに働く遠心力を決める半径とは違う。
 遠心力に関係する半径とは、一直線になる腕とハンマーの合計である。
 この回転半径は姿勢で変えようが無い。
 体を傾けることで、ハンマーの回転スピードをあげる技法ではないのだろうか?)


 そもそも、ハンマー投げは遠心力を利用するスポーツである。半径が長いほど遠心力が増すことなど、小学生でもわかる。
 体を傾けて半径が伸びることに誰も気付かなかったのか?
 あるいは、気付いていても採用しなかったというなら、何故、今まで、他の選手はそのような方法をとらなかったのか?
 すぐに思いつくような疑問には一切触れられていない。

 室伏選手に関する報道だけが特殊なのではない。

 100メートル走の末続選手の偉業についても同じことが言える。

 肌の色が違う選手のなかに、ただ一人、小柄で華奢な黄色人種の選手がいる。このため、極めて目立つ。しかも、走り始めると、ほとんど上下に振れずに進み、不思議に後半にスーと伸びてくるのだ。独自走法であることなど、説明してもらわなくても、見ればわかる。
 解説に期待するのは、その走法とはどのようなものか、である。

 もちろん、どの記事にも、独自のすり足型「なんば走り」との説明がつく。しかも、背景解説的に走法の歴史的経緯や、人物像について事細かに記載されていることが多い。ところが肝心の走法については、すり足という以上の説明が無い。
 どうしてすり足が素晴らしいのか?
 現在のトップランナーがすり足走法を取り入れればもっと速くなるのか?
 末続選手以外にはできかねるような難しいものなのか?
 さっぱりわからないのである。

 普通に考えれば、今まで使ってこなかった筋肉を使うことでさらなる推進力を得る、新しい走法ではないかと思うのだが。
 開発の歴史的経緯がわかっているにもかかわらず、走法の本質は語られない。

 お粗末な記事ばかりである。
 (運動科学の進歩は凄まじい。両選手の成果を支えているのは間違いあるまい。
 もちろん秘密が知られれば、世界中でコピーされるから、公表されるようなものではなかろう。
 しかし、それを推測したり解説するために専門家がいる訳だし、その意見を適宜紹介するのが報道機関の役割だと思う。)


 このような状態に、読者はずっと我慢しているのである。

 それでも、新聞はまだまし、といえる。

 陸上競技のテレビ放送になると、陸上競技の知識皆無としか思えない、興味もさしてなさそうなタレントが登場する。しかも、途中でつまらぬ感想を述べる。タレントの魅力で、陸上競技番組の視聴率を上げようとの試みだろうが、タレントに興味が無い人にとっては、見ているだけでつらい。
 画像放映しているにもかかわらず、アナウンサーがわざわざ言葉で競技の状況を伝えてくれる。見てわかっていることを、くどくど説明するため、恐ろしく耳障りだ。
 しかし、これも我慢しなければならない。
 選手インタビューに至っては、くだらない質問ばかり。選手がかわいそうである。

 陸上競技ファンにとっては、こうした状況はしかたないのだ、と諦めるしかないのである。
 新聞やテレビは万人向けだから、さらに深いことを知りたい人は専門分野の情報提供機関に行け、と言う訳である。

 要するに、万人向け報道とは、「諦めずに地道な努力を続ければ成果に結びつく」という話に仕立てることに他ならない。そして、選手と喜びを分かち合おうというストーリーだ。

 これは、どう考えても報道機関の役割ではない。
 いつまでも、このようなことを続けていれば、人々は離れていくだろう。

 本来なら、新興勢力が、このチャンスを生かすから、スポーツ報道業界に変化がおきる筈だが、期待できる状況にはない。
 どう見ても、斬新な情報提供ができる人材難である。能力ある人はいても、スポーツ界とマスコミは二人三脚で動いているから、「万人向け報道」路線を否定しかねない動きにのろうとしないからだ。


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