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2010.3.8
 
 


日本の電子書籍化の動きは鈍そうだ…

ついに、新書一冊の無料ダウンロードが始まった。
 「キンドル」を使うと青空文庫が格段に見やすくなるようだ。(1)たいした機能はないが、なかなか魅力的な機器である。これなら、日本語版も早々に出ることになるだろう。
 秋には、“グーグル・エディション”も始まるそうで、PHP研究所は1,000タイトルを提供するそうだし。(2)いよいよ騒がしくなってきた。
 沈滞する業界によい刺激になればよいのだが。しかし、今時、まだ黒船来襲と言う人がいる業界らしいから、どうなるか。

 こうした状況に合わせるかのような話題作りの第一弾は文芸春秋社からだった。
 “2010年4月15日まで岩瀬大輔・著『生命保険のカラクリ』の全文がPDFファイルでダウンロードできます。”(3)という試み。
 著者がお読みになるようにとお勧めしている記事(4)によれば、“「どこかが始めるのは時間の問題。文春のような保守的な出版社が先駆けてやることに意味がある」という岩瀬氏の熱意に押し切られる格好で承諾”とのこと。

 blogには、電子化の影響度をどう見たかの算数が書かれているが、(5)あまり意味はなかろう。そう思うのは、「ライフネット生命保険」事業(2008年5月創業らしい.)のメデイア戦略の視点からみれば、獲得したい読者はインターネットで保険に加入しそうな人達だけだろうから。

 これでもわかるが、出版物といっても、その目的は色々。
 この本は、文春新書で出版方針がわかり易いが、本屋に並ぶのはそういうものばかりではない。なかには、本などどうでもよく、商品やサービスを売るためのものも少なくない。無料で配ると信用されないから、本屋に並べるような類もよく見かける。これが結構売れ行き好調だったりするから驚きだが。

 そんなことをつらつら考えていると、電子書籍化がどうなるか、えらく気になってくる。

自費出版は死語化することになろうというのが、一般的な見方だが。
 特に、この無料ダウンロードの数がどこまでいくのか、興味津々。
 ただ、小生は、パソコンで新書一冊分を読む気にはなれないから、ダウンロードするつもりはない。
 PDFの横書きレポートなら、ざっと眺めるような読み方をするから、パソコンでもそうは気にならないが、縦型の文章をしっかり読むとなるとつらすぎる。小説なら、小品が限度ではないか。電子版が読めるというなら、見易い専用のリーダーが欲しいところ。その感覚からすれば、廉価なら、日本でもこうした機器は結構売れそうな感じがする。

 ただ、誰もが言うように、問題はコンテンツ。米国では、ご存知のように、Amazonが2010年6月から、8.99ドルの書籍の場合に、印税は1冊当たり6.25ドルで提供するようになるから、(6)バリアを乗り越えたと言ってよいのではないか。ここまでくると後は続々電子書籍が生まれると思われる。

 マーケティングに優れた出版社は、Kindleを通して売ることで無駄なコストを省け、その売れ行きに合わせた紙の本を出版すればよい訳で、より確実に利益を出せそうだ。
 その一方、売れる冊数が少なくても、読者を確保できる力がある著者は、出版社を介せず電子出版に直接参加することになりそうだ。
 この結果、企画、編集、宣伝といった機能は、独立化がさらに進み、高度なサービス産業化していくのだろう。
 そうなると、自費出版という用語は死語化せざるを得まい。

日本では、同人誌が電子出版を牽引することはないのでは。
 ・・・という手の話をする人は結構多そうだ。しかし、それはあくまでも米国での話。日本が同じ方向に進むとは限らない。ここは注意しておいた方がよかろう。

 Amazonの方針に一番親和性がよさそうな、個人誌や同人誌で考えてみるとよい。
 この手の出版物は作成と配送にお金がかかるため、商業的成功は結構難しいとされてきた。それが、電子書籍のインフラが整えば、状況は一変する。大挙して電子出版へと流れ込む可能性がある。しかし、日本ではそうならないかも。
 この分野で活動している人の大半は、仲間のネットワークを維持することが最重要課題。そうなると、印刷本の物理的配送網を捨てることに躊躇せざるを得まい。
 こんな説明ではわかりにくいかな。

 簡単に言えば、世の中には似たような個人誌や同人誌がいくつもあることを知っていても見ぬふりをしたいということ。一見、“嗜好”や“思想”が一致した人達が協力して進めている出版事業に見えるが、コアを形成する人達は、“一定の条件を満たした”閉鎖的な集団であるのが普通。なんらかの“縁”によって“知己の関係”に至ったのである。従って、その絆は強いともいえるし、弱いとも言える。・・・かえってわかりにくいか。
 ともかく、できあがっている絆を保ち続けたいから、書籍の電子化は好まれないということ。他のグループの出版物がいつでも簡単に見れるような環境はできる限り避けたいのである。

 面白いのは、一見、閉鎖的に見える、“萌え”系オタク族にはこれが通用しない点。こちらは、“縁”による固定化した仲間集団ではないからだ。
 オタクの場合、同人誌が電子化されたところで、仲間意識がバラケル危険性は少ないのである。ただ、オタクは読書人口のなかでは少数派でしかない。全体を動す力は発揮できまい。

日本では、マイナー出版勢力が電子出版を一番嫌がるかも。
 小生は、個人誌や同人誌に限らず、日本のマイナーな出版元やそこの出版物の著者も、電子出版には消極的ではないかと見ている。それは保守的ということではなく、もともとが歪んだビジネスではないかと見ているからだ。それがわかるのは、再販価格維持に異常とも思えるほどこだわること。自由な価格設定が導入されるとマイナーな本が消えると主張している人が余りに多いからだ。
 その危惧の念はわかる。おそらく、この市場の大半は「積読」なのである。価値がありそうに見える本に仕上げれば、どうにか売れるのである。そんな市場で、安売りでもされたら、イメージダウン。売上冊数急落必定。
 本来なら、そんなバブルを潰し、少部数でも成り立つ電子出版にすればよいと思うが、おそらく著者はそんなことを望んでいない。出版の主目的は、読んでもらうことではなく、立派な本を出すことだから。
 日本の専門家がウエブを作らないのも、同じこと。誰でも作れるホームページはできる限り避けるのが普通。そんなことをすれば、せっかく築いてきた権威を失いかねないからである。

日本の問題は電子出版したい著者がいるかでは。
 マイナーな出版事業ばかり話していてもつまらぬから、メジャーな方に移ろう。
 これが結構難しい。出版といっても色々なタイプがあるからだ。これでは、何を言いたいのかわからないか。例をあげておこうか。

 工場生産型は別だが、一人で執筆すれば、確実に時間がつぶれる。日本は事実上印税は規制されているに等しいから、1割でしかない。マクロで見れば、時間当たりの労賃は低い。それほど儲かるビジネスになる筈がないのである。これで儲かるとしたら、それは執筆業ではなく、講演事業のような副業である。こんな事業展開でいくなら、本屋の店頭に山積みしてもらうことは極めて重要となる。そんな人達にとって、電子出版にメリットがあるか、はなはだ疑問。

 最後に、もっと面白い話で終わろう。
 実は、フリーダウンロード化は大流行の兆しありなのだ。
 「フリー<無料>からお金を生みだす新戦略」から始まったようだが、前述の本以外にも、「できるポケット+クラウドコンピューティング」、「クラウド時代と<クール革命>」(7)と続いているのだ。話題作りに最適という訳だろう。
 こうした本のタイトルを見て、流石、IT関係の人達は電子書籍化に熱心だと見るべきか考えて欲しい。
 本屋に行くとよい。山のように“紙”本が出版されている分野は、実はIT関係。おそらく、電子書籍の今後、電子書籍をするための手引き、電子書籍の企画、そのほかもろもろの“紙”本が次々と登場すると思われる。
 冒頭の本にしても、最初にインターネットで無料公開した訳ではなく、あくまでも紙の本から。(8)この分野は、“紙”本を好む人だらけに見える。
 こうした人達が電子書籍のニーズを読めるのだろうか。

 --- 参照 ---
(1) [Video] masarukamikura: “Kindleで青空文庫のPDFを読む フォント検討編” [2009年12月2日]
   http://www.youtube.com/watch?v=reFyuxtxqxs
  [青空文庫のテキストをKindle用PDFに変換するソフト例 beta版] http://a2k.aill.org/
(2) 赤田康和: “グーグル電子書籍、日本でも秋ごろ販売へ” 朝日新聞 [2010年2月24]
  http://www.asahi.com/national/update/0224/TKY201002240422.html
(3) 岩瀬大輔: 「生命保険のカラクリ」 文春新書 (2009年)のダウンロード用のサイト
   https://f.msgs.jp/webapp/wish/org/showEnquete.do?enqueteid=20&clientid=12820&databaseid=czs
(4) 「この本、丸ごと無料です」 日経ビジネス [2010年3月2日]
  http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20100225/213027/?top
(5) “書籍の「フリー」化で、出版社は損をするのか” blog 生命保険立ち上げ日誌 [2010年3月1日]
  http://totodaisuke.asablo.jp/blog/2010/03/01/4915522
(6) Amazon-News Release [Jan 20, 2010]
  http://phx.corporate-ir.net/phoenix.zhtml?c=176060&p=irol-newsArticle&ID=1376977&highlight
(7) 角川歴彦: 「クラウド時代と<クール革命>」 角川ワンテーマ21
  [2010年3月10日11時まで全文無料公開サイト] http://www.kadokawa.co.jp/coolkakumei/
(8) “「ネットで公開すると売り上げは落ちる」は本当なのか著書を無料公開した「日本版フリー」の衝撃”
  現代ビジネス(週刊現代) [2010年3月1日] http://gendai.ismedia.jp/articles/-/280


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