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2010.8.24
 
 


日本の出版業は低迷一途か…

電子書籍の話でもちきりだが。
 ここのところ電子書籍化で大騒ぎ。イベントやセミナーは大入りらしい。
 紙の出版物は順次電子化されると大いに囃す人だらけだとか。解説書も続々。(1)
 ただ、未だに、ビジネスモデル云々がお好きな人が多いという。昔なら、そんな議論もわからないでもないが、今更感あり。

 理屈では、「試作+紙+インク(印刷)+物流(取次ぎ)+小売(書店)」のすべてがカット可能。その点だけ考えても、電子化は時代の流れと言えよう。従って、いち早く取り組んできた日本で市場が開いていた可能性はあった。
 しかし、そうはいかなかった。その理由はどう見たところでビジネスモデルの話ではない。市場を開かせたくない人だらけだったにすぎまい。
 読者が買いたそう本を揃えようという気概など始めからなかったし、リーダー端末を使うこどに特段のメリットも打ち出せなかったのだから、尻すぼみは当然の結果。
 そんな姿勢が今回変わったと言えるだろうか。・・・はなはだ疑問。

市場が開きそうなので緊急対応しているだけでは、どうにもならないのでは。
 まあ、前回は、出版業界の思惑通り、上首尾に日本の電子書籍市場は潰れたので、大成功といったところ。ところが、米国で市場が開いてしまった。こうなると出版業界は大慌て。急遽、波に乗ろうというのである。2010年末に向け、大手出版社は揃って既存出版物の電子ファイル化を急いでいるそうだ。
 そこでビジネスモデル検討となる。しかし、そんな議論をしていて、どうなのかね〜。

 通信業者にしてみれば、ダウンロード増が期待できるから是非にも囲い込みとなる。インターネット通販業者も、新分野を取り込み売上増につなげたい。そんな人達といくら議論しても、音楽やゲームのソフトのダウンロード販売をどうするかとたいしてかわるまい。せいぜいが、巨大な取次ぎ企業の役割をどうするかといったつまらぬ議論の蒸し返しで終わるだけではないかと思うが。

 小生は、書籍とは、音楽ソフトとは全く違う特性を持っている見ており、この点を考えることなしには、日本で市場が開くことは無いと見ている。そんな観点の議論がさっぱり聞こえてこない。残念至極。

収益・コスト話を検討したところで市場は開くまい。
 だいたい、常識で考えればわかるが、本は安価にすれば沢山売れるという手の商品ではなかろう。数分のサンプル音楽を聴いて、すぐに曲をダウンロードするのとは訳が違う。読むには頭をつかう必要があり、いくら単価が安いからといって、とりあえず買っておこうとはなるまい。本屋とは違い、いつでもすぐに買えるのだから、逆に書籍を沢山買わなくなる可能性さえある。
 もともと、タダ同然でも古臭い内容の本は売れない。その一方、古典として評価が定まっている作品だと何時までも売れる。しかし、これを安価にすると読む人がすぐに増えたり、沢山本を読むようになるというものではなかろう。

 要するに、価格を9割引きにすると10倍本を買うようにはならないということ。読める本の量は限られているから当たり前。
 古本屋チェーンが絶好調と聞くが、この観点で見れば、とりたてて注目すべき動きとも言い難い。
 昔なら、読み終えると他の人にあげる手の本が沢山あった訳で、それが市場化されただけでは。

 つまらぬ話をしているが、何が言いたいかおわかりだろうか。
 ビジネスモデル云々の話の基調は、インターネットで紙の本を注文していたのを、電子書籍に変えるだけの話。以前なら、これだけでも大いに意義はあった。今迄なかった手の市場が生まれれば、それを活用して新しいタイプの「本」を苦もなく生み出すことができるからだ。出版産業に飛躍のチャンスが飛びこんでくるということ。
 しかし、今の状況はそれとは違う。すでに市場は海外で開いてしまったからだ。しかも、横書きでファイルフォーマットの標準化ができている海外なら、新しい取り組みが次々と打ち出せそうだが、日本は標準もなく、ただただ、現行の印刷本をどう表示するかの努力を続けるだけで精一杯ということになろう。出版業界飛躍どころの話ではなさそうである。

リーダー機器メーカーも一体何を考えているのか、さっぱりわからん。
 そんな日本市場の特徴を知らない訳でもないと思うが、端末機器メーカーもチャンスとばかり動いているそうである。
 なかでも驚かされたのが、独自の書籍フォーマットのリーダー機器を発売するとの発表。そもそも、日本には、何が特徴なのかわからぬフォーマットの乱立状態。一つにまとまることなどあり得まい。にもかかわらず、独自フォーマットで行こうというのである。ビジネスモデル云々以前の問題ではないか。
 だいたい、無線でダウンロードといっても、パソコンですでにそんなことをしている人達が喜んでリーダーに移ってくるとは限らない。よく言われているが、IT関係者が使うファイルは巨大なものが多く、WiFiで都度ダウンロードするようなものではないからだ。
 これは一例だが、一体、誰をターゲットにしている機器なのか、素人にはさっぱりわからぬ。

 それに比べると、海外メーカーのマーケティング姿勢は誰でも理解できるもの。余りの違いに愕然とさせられる。
 “The tablet will include content focused on creation such as writing documents, editing video and creating programs.・・・It's going to be surprisingly productive.”(2)
 この企業の製品がヒットするかは別として、新しいコンテンツを生み出すための機器こそが、市場の奔流となるというのは正論である。それを直球勝負するのだからたいしたものである。
 もっとも、日本メーカーに言わせれば、それは米国市場における環境を考えれば当然で、日本市場ではとても無理ということだけなのかも知れぬが。

ともあれ、電子化は進む。
 それはそれとして、日本を除けば、先ず間違いなく電子化が進む分野がある。学術論文の世界だ。
 沢山の論文コピーを鞄で常時持ち歩かざるを得ず、自室の書架は保存したい雑誌と書籍で満杯状態なのだから、ここは電子化歓迎の基盤はもともとあった分野。ただ、今までは、それも致し方なしで皆我慢していたにすぎない。それが、リーダー機器の登場で一変し始めたのである。
 しかも、今や、注目されるのは査読誌論文ではなく、ウエブの英文速報レター。パソコンで論文を読む時代に入っているのだ。こうなると、重くて嵩張り、すぐにアクセスできない紙ベースの出版物にこだわる人がいなくなるのは時間の問題だろう。(どこまで本当かわからないが、日本では、指導的立場の学者ほど、こうした流れを嫌っていると聞いたことがある。そうだとすれば、変化は一番遅そう。政府は、国会図書館の全ての書籍をリーダー機器で読めるようにする気もなさそうだし、学術分野では電子化の最後尾をついていくのかも。)
 こんな状況であれば、インターネットでニューヨークタイムスの書評を読み、読みたくなったらすぐに電子書籍を購入して、つまらなければそれっきりという市場が伸張して当たり前。

 日本は大騒ぎするだけで、市場がどこから、どう開くのか、見通しなど無いに等しいのではないか。市場を拓こうというのではなく、流れには一応ついていこうという姿勢を堅持するということだと思われる。

 まあ、それでも、日本でも機器の市場は開くかも。ものを調べたいというニーズは小さなものではなく、すでにウエブで十分。リーダー端末で、辞書/事典類(Wikipedia[多種言語], kotobank[日], “日本大百科全書 ”, Dictionary.com[英英]が見れるなら常時持ち歩くようになっておかしくないからだ。電子辞書ほど軽くて使い勝手がよいとは言い難いが、実用レベルに達しているなら、その機能だけでも購入する人がいておかしくない。ただ、リーダー機器を持っていても、電子書籍は購入しないかも。

日本の問題は電子化以前。
 わざわざ、海外の話をしたのはほかでもないが、日本の状況と比較しても意味が薄いことをご理解して頂くため。

 日本における大きな問題とは、本をほとんど読まない人がとてつもなく多く、しかも数が増えているという点。現在出版されているような本を電子化して安価にしたところで、こうした人達が読み始めるとは思えないのである。
 逆に、よく読む人とはどういうタイプか。
 それは本屋を見れば一目瞭然。流行ものがワンサカ。同じ著者の本や、類似企画本がこれでもかと登場するのだ。主要購買者は、皆が読んでいる流行本をとりあえず購入する訳で、大きな本屋はこうしたジャンルの売上でどうやら経営が成り立っている状況にちがいない。自称専門店だが、本質的にはコンビニやスーパーと売り方はなんら変わらない。にもかかわらず、コストは高そうであり、利益が出たら不思議な位だ。
 ただ、本好きにとっては、大型書店の意義は大きい。棚全体を俯瞰して本を探すにはここが格好の場だからである。購入する本が決まっているなら、本屋に行く必要などないが、そうもいかないのだ。
 このことは、日本では、電子化書籍で販売のロングテール化はかなり難しいことを意味していそうだ。小規模出版本は、大型書店の棚でなんとかなっている可能性は高い。
 なんとなれば、日本の書評の類は、仲間同士の互助会に近く、その内容を信用している人は稀だからだ。その輪に入っておかないと大損だから、とりあえず推奨本を買うといった役割と言ってよいのでは。ツテを持たぬ小規模出版物には本屋の棚がなくなると出番が無くなりかねないのが実態。
 日本の出版業界は、相当前から、こうした問題を抱えていたのだが、その体質を変える気がないから、沈滞路線を歩み続けているのだと思う。

新しいことは御免被るという業界体質なのかも。
 ただ、ご存知のように、携帯電話でのストーリーもののダウンロードも電子書籍分野と考えれば、日本はダントツの先進国である。
 立花隆氏は、これを「本格的な大人の出版世界に火がついたとは言い難い」(2)とやんわりと指摘されているが、このようなオタクものに惑わされて大騒ぎするのも、日本の特徴かも知れない。

 オタクとは、その内実で2種類あると思うが、日本では、どういう訳か、それをゴチャ混ぜにする。一般人が知らない世界だから、面白いがって取り上げるのはわからないでもないが、こまったもの。社会性を踏まえて動いているタイプと、社会性を拒絶して異端として独自性の世界に閉じこもろうというタイプは水と油なのは常識だと思うが、峻別しない議論だからけ。前者は新市場の起爆薬となる可能性があるが、後者はいくら注目されていようが結局のところ影響力を失うのは見えており、同一次元で語るとなにがなんだかわからなくなると想うが。
 携帯ラブストーリーものはどう見ても後者で、この市場に注目する意味は薄いのではないか。一方、鉄道オタク本や漫画同人誌は前者に類していそう。こうした市場での電子書籍化は新機軸の方法を案出すれば大化する可能性を秘めていることになる。たとえ、小規模でも堅い読者層が存在するからである。

 ただ、それよりは、新型雑誌の動きの方が急だろう。カラー写真を含んだ出版物の場合、誰が考えても動画まで可能な電子化書籍の方が表現能力が圧倒的に上である。モノクロでもかまわぬという、専門家の学術書籍とは全くニーズが違う。高級グラビア印刷の世界が、一般に広がる可能性があるということ。リーダー端末が普及してくれば、この市場は必ず開ける。もっとも、一挙に市場が生まれるのではなく、オタク的なものから始まるのかも。
 これに限らず、ビジネスチャンスは次々と生まれてくるに違いない。

 つまらないことをグダグダと述べたが、言いたいことは単純。
 市場を開こうと思うなら、力を入れるべきは企画ということ。返本制度と再販制度のもとで、自転車操業的に新本を出すような企画ではどうにもならない。そんな発想でいる限り、現行書籍を単に電子化すれば、本屋が減り、読書家の購入意欲が落ち、市場は縮退するだけのことでは。お付き合いで流行本を買っていた人達も、本屋に行かなくなればダイジェスト書籍で十分となりかねまい。
 今のような出版企画を続けるなら、電子出版が嵐の到来になって当然。本格的な出版不況に見舞われてもおかしくないのでは。

 --- 参照 ---
(1) “「電子書籍」関連本 読み比べ 解説から将来予測まで” 読売新聞 [2010年8月9日]
   http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20100809bk03.htm
(2) ROGER CHENG And JUNG-AH LEE : “LG Readies Tablet, Optimus Smartphones” Wall Street Journal [AUGUST 19, 2010]
(3) まつもとあつし: “シンポジウム『電子書籍の“衝撃”「コレがアレを殺す?」』開催
   角川歴彦×立花隆、3時間語った電子書籍の未来” ASCIIXデジタル [2010年08月16]
   http://ascii.jp/elem/000/000/542/542689/


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