■■■ 「日本の樹木」出鱈目解説 2012.9.29 ■■■

   絶滅が危惧される勲章木と類縁木

文化勲章のデザインは橘の花。
もちろん、タチバナは日本固有の野生種。それなら、国字を案出すればよさそうにも思うが、由緒正しき中国の橘の文字を使いたかったと見える。名の由来を調べてはいないが、立つ花で縁起がよいということだろう。

古事記掲載の、不老不死の実「非時香菓」の探索探検話で、「是今橘也」とされており、それだけでこの木に愛着を感じる人は少なくなかろう。

それなら、橘の木をそこここでみかけそうなものだが、そうはいかない。種の展示場は別として、まともに生えている場所を滅多に聞かない。小生が見たのは、京都御所の右近の橘くらいのもの。
 橘は 実さへ花さへ その葉さへ
  枝に霜降れど いや常葉の木 
[聖武天皇 万葉集#1009]
「国鱒」が西湖で生存していたので一時大騒ぎになったが、こういう状況を野生絶滅と呼ぶそうで、タチバナも同じような状態かも。そういう意味では、絶滅の「危惧」を通り越しているのではなかろうか。

尚、園芸店でタチバナが売られており、それは「高麗橘」だとの記載もあるようだが、本当なのだろうか。水はけが良い岩がちの地で、他の樹木が進出していない状況でないと消えてしまうらしいから、圏芸店で扱いそうな樹木ではなさそうに思うが。萩市で天然記念物として残存しているそうで、もちろん絶滅危惧種。海外の状況はよくわからぬが、高麗と呼ばれてはいるものの、済州島にしか存在していない模様。
まあ、ちょっとやそっとの努力では、タチバナ復活は望み薄。残念至極。

そのかわり、アイドル的「橘」が存在している。カラタチ。
タチバナという名称が付いてはいないが、本来は、橘一族の正統派として、「唐橘」と称されておかしくない樹木。
 からたちと 茨苅り除け 倉立てむ
  屎遠くまれ 櫛造る刀自 
[忌部首 万葉集#3832]
実は、カラタチの漢字表記は「唐橘」ではなく、「枸橘」なのだ。
一方、「唐橘」は珍しい木ではなく、アオキのようなポピュラーな低木。しかも、驚くことに「橘」一族とは全く異なる系統である。名称はカラタチバナ。南天類似の実が生る樹木で俗称「百両」。こちらの名前にしてくれればよかったのに。
それはともかく、カラタチは人気があるが、特段、実に魅力があるとは思えないから、もっぱら棘の効用だろう。ただ、一時期、矢鱈に入手しやすかったということもありそう。温州ミカンの台木として使われるから、大量に苗木が供給されていたからだ。と言うことで、生垣に使われ、住宅地を歩いているとよく見かける木だった訳。従って、歌の題材にすれば、幼き頃歩いた道を思い出すことになり、自然とノスタルジックな情緒が漂ってくることになる。おそらく、人気の元はその程度でしかなかろう。
今も、棘がある木を植えたいお宅もあるそうだが、その場合はカラタチバナではなく、ピラカンサを選ぶとか。こちらの正式名称はタチバナモドキ。これじゃ売れないから、ほとんど耳にしない名前である。でも、結構見かける木だ。痩せ地にほったらかされて植わっているから、タチバナと違って腕力で土地を占拠するタイプなのだろう。

言うまでもないが、カラタチ同様、橘の実も、現実生活ではほとんど利用できない。しかし、類縁樹木の実は酸味や香りが素晴らしいから、好まれているものが多い。ところが、どれもこれも「橘」一族の身を捨て、自己主張していそう。
そりゃ、タチバナが見捨てられるのも無理はなかろう。
  阿部橘・・・代々(正月の縁起飾りの名称)、漢字は橙
  鬼橘・・・柚子
  姫橘・・・金柑
皆、それなりに由緒ある「橘」名だと思うのだが。
 吾妹子に 逢はず久しも うましもの
  阿倍橘の こけむすまでに 
[作者不詳 万葉集#2750]
もちろん、一族の名を捨てない「酢橘」のような木もあることにはあるが。

橘離れが奔流化したのは、多分、人々の好みが酸っぱさから、甘さに移ったことにようるものでは。「橘」より「柑」が愛されるようになった訳である。従って、酸味が強いにもかかわらず、「柑」の方になびいたりすることにもなる。
  柑子・・・臭橙(香母酢)

その、甘さが強い実が生る「柑」も、さらなる進化を遂げ「蜜柑」までに。しかして、蜜を求めて、人々は群がることになる。
小生は酸味を感じさせる小さな実のタイプが好きだが、今や希少品。高級品ならわかるが、これが絶安価とくるから、お店に並ばないのは当然である。江戸でミカン船として名をはせたのは紀州蜜柑だが、小振りで種沢山。種無しなど縁起悪しだったからだ。それが、近代化の波で一気に温州蜜柑へ。皮が簡単に剥け、酸味を感じず、種はなく、甘くてそこそこ大きな実で水分量多しとなれば、これはヒットして当然ということか。
夏蜜柑も酸味がありすぎるのは嫌われるようだし、古代の好みは消滅しつつあるということだろう。

ただ、それは園芸作物産業から見た流れ。
橘系一族の樹木を愛する人は少なくないようで、そこここに実がなっている木をみかける。実を使おうという気は更々なさそう。しかも、多種多様な感じ。と言っても、流石に、文旦のようなものは見かけず、大きくても小振りの夏蜜柑程度までのようだが。思うに、実がついているのを見るだけで充実愉しいのかも。
なにせ、ユズ(鬼橘)の大馬鹿18年の世界。ミカンでも、たいていは9年はかかるのだから。


 「日本の樹木」出鱈目解説−INDEX >>>    HOME>>>
 (C) 2012 RandDManagement.com