■■■ 「日本の樹木」出鱈目解説 2012.10.9 ■■■

   呪術木

呪術と書くと、なんとはなしに、おどろおどろしい雰囲気が生まれる。しかし、縁起モノと称される物品は多かれ少なかれそんな要素を含んでいる。ただ、シリアスなものは少ないが。

そんななかで、いかにも呪術に使う木製用具という感じがするものが2品ある。

一つは、高官が手に持つ長さ一尺の「笏(シャク)」。威厳を保つため、板の裏側を備忘録にしていたという話も聞くが、どう見ても神事の道具としか思えない。
それに、その正式な材はイチイの木たるべしと決まっているようだし。特段の機能的要求がありそうにも思えないから、なんらか霊的意味があってしかるべきだと思う。と言っても、イチイとの名称は、官位の一位から来ていそうだから、立派そうな材だと言うに過ぎまいと片付けられてしまうかも。しかし、なにかありそうと考えるのは、この木、キリスト教圏の一部でも重要な木とされているから。・・・教会や墓地にYew treeが茂っているのはよく知られている。その由来はもちろん宗教的なもの。
もともとは、エルサレムのお祭りに集まっていた大群衆が、イエス来訪を聞き、"the palm tree"の枝を持って迎え、「イスラエルの王に」と叫んだことに由来するらしい。イチイはパームヤシ無き土地での代替木ということ。つまりイチイの姿に、イエスの受難イメージが重なるのである。眺めるだけで、宗教的な感興が湧く樹木なのである。おそらく、信者達はYew treeの「枝」に特別な想いをはせた筈で、教会で祝福を受け、家に持ち帰る風習があったに相違ない。それは日本流にいえば、縁起物そのもの。
なんとも不思議な木。
だが、その感覚、わからないでもない。常緑針葉樹で赤い実をつけるからだ。(果肉は食べれるが、種や葉は猛毒らしい。)

もう一つは、「卯杖」。正月、卯の日に、邪気を払い悪鬼を制する儀式に用いる用具である。
正倉院南倉西棚所蔵品に、長さ五尺三寸二分の椿卯日杖が2枚ある。金銀五彩仕上げ。中倉には、「卯日御杖机」があり、「天平宝寶宇二年正月」と墨書されているそうだ。
この儀式自体は、中国から伝わったもの。ただ、当然ながら、その材は中国では桃の木である。
ところが、日本では桃ではなくツバキ。

それを知ると、思わず、三方五湖鳥浜貝塚の発掘品を思い出してしまう。そう、ベンガラ漆塗りのヤブツバキ材の櫛。常識的には厄払いの装飾品だろう。
ツバキとは、何千年も前からそういう樹木だったと見るべきだろう。しかも、全国的に生えていたとくる。大昔から、植栽で広がっていたと考えるのが自然。

従って、その名前も、その観点で解釈すべきでは。よく耳にする語源説は大同小異。アツバキ(厚葉木)、ツヤハキ(艶葉木)、ツヤキ(光沢木)、等々。
もちろん、異なる主張もあることはある。朝鮮語由来説。だが、ツバキは朝鮮半島に滅多に存在しないから、名称の輸出はあっても、輸入の筈がなかろう。
そうなると、照葉樹林としての「葉」の特徴こそがツバキという言葉を生んだとの理屈に納得しがち。
しかし、呪術道具の材と見るなら、この木の特徴を「葉」に限る訳にはいくまい。「赤い花」も重要な筈。実際、古事記では、、「花」あってこそのツバキという感じで登場する。しかも、皇后が天皇の素晴らしさを謳い上げるシーンなのだ。
 つぎねふや 山代川[淀川]を 川上り
 我が上れば 川の辺に 生ひ立てる 烏草樹を
 烏草樹の木 其が下に 生ひ立てる 葉広斎つ真椿
 其が花の 照り坐し 其が葉の 広り坐すは
 大君ろかも
   
[石之日売命(仁徳天皇皇后)]

 倭の 此の高市に 小高る
 市の高処 新嘗屋に 生ひ立てる 葉広斎つ真椿
 其が葉の 広り坐し 其の花の 高光る
 日の御子に 豊御酒献らせ 事の語り言も 是をば
   
[大后、若日下王(仁徳天皇皇女/雄略天皇皇后)]

万葉集にしても、ツバキ[都婆岐]の焦点は葉ではなく花である。
 我が門の 片山椿 まこと汝れ
    我が手触れなな 土に落ちもかも
   [防人,物部広足 #4418]

そうなると、ツバキとは、「唾」のことではないかという気がしてくる。といっても、「よだれ」という、液体が垂れて流れだす様を指す言葉ではなく、「ツバをつける」といった感覚での話し。一種の呪術的なもの。

素人の推測でしかないが、「つば」は赤い口唇全体を意味していそう。寒い季節に咲く、ツバキの赤い花でも同じで、それは赤い出口ということ。そこから「気」が放出されるのである。「気」を猛然と発する呪術道具用材として最適なのはツバキしかなかろうとなる訳。
言うまでもないが、こうした感覚はイチイ同様に、頭で考えて生まれるものではなく、感覚的なものだった筈。現代人が体感できるかは、なんとも。

ただ、イチイとは違って、「ツバキ命」の感覚は現代人にも残っていそう。
武士や軍人が覇権を握って、首から落ちる椿の花は嫌われたにもかかわらず、その栽培品種の多さは驚くべきもの。桜や梅をしのぐのではないかと思われるほど。
世界に冠たる日本の花ということもあろうが、輸出産業で頑張ろうということでもなさそうだし。皆、なんとなくではあるが、ツバキが傍に存在しないと落ち着かないということでは。

(参考)
鈴木綾子: 「植物から読み解くT.S.Eliot : yew treeをめぐって」2011-03-31 英語学英米文学論集(奈良女子大学英語英米文学会) 第37号
歴博 くらしの植物苑だより No.281 2010年1月23日 第130回くらしの植物苑観察会 出土資料からみたツバキ 永嶋正春(国立歴史民俗博物館)



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