■■■ 「日本の樹木」出鱈目解説 2012.10.25 ■■■

   東京から消えゆく堂々たる木

当時、63歳だった井上靖が書き下ろした「欅の木」を読んだ世代は、今や相当の高齢者かも知れぬ。
なにせ、日経の連載開始は昭和45年(1970年)の正月なのだから。この話、ご存知ない方もおられるかも知れないので簡単に触れておくと、主要登場人物は4名。
 ・57歳の主人公
 ・銭湯のあるじ
 ・八百屋の内儀
 ・けやき命の老人
日経の連載小説であるから、主人公の職業はご想像がつくだろう。彼をして言わしめる文言は、けやきという木は武蔵野の木であり、東京の木である、というもの。と言うことで、「けやきの木を切るな」という随筆が新聞に掲載されたことから、ストーリー展開が始まる。この随筆が切欠となって、けやきを守る会の会長になり、新聞社の後援で講演会を開催することになるのである。もちろん、自弁。そのメンバーが上記の面々。学者、知識人、政治運動屋を故意に外したところが味噌。

気持ちはわかる。でも、残念ながら、けやきの木は、その後、次々と伐採されていったのである。もっとも、その流れに抗して植栽で頑張っているのが、埼玉県であることはよく知られている。結果のほどは、知らないが。

東京では、欅と言えば、定番の街路がある。
 ・明治神宮の表参道
 ・府中の大国魂神社参道
皆さんベタ褒め。
お蔭で、表参道の並木への賞賛の言葉には、大笑いさせてもらった。竹箒を立てたような冬枯れの姿が立派だと言う人だらけだからだ。そりゃ、車がバンバン通る通りに、路肩の余裕なく植えた結果だぜ。
木が拳のように成長し、車道側に大きく張り出してしまうとこまるから、はみ出た枝を伐採し続ければ、そうなるのは当たり前。それは欅本来の姿では無い。欅の良さは、細かな枝が八方に広がってこそのもの。現代の美観が変わった訳ではなく、現状を肯定するために「箒型の美しさ」を喧伝している大勢の人達がいるだけの話。
まあ、それもわからないではない。しつこいまでに樹型の話をしないと、せっかくの箒型がさっぱり映えない建物を平然と建てる建築家がでてしまうのだから。

そんな努力もあって、表参道の並木は他と比較すれば抜群の美しさであることは間違いないのである。東京の街路樹はどこも切り込まれており、貧相な樹木だらけだから目立つ訳。もっとも、地方でも狭い路だらけだから、同じことだろうが。
それにしても、高層ビルの谷間の細い道路のケヤキ並木や、幹線道路沿いの痩せこけたイチョウ並木、車がバンバン通りすぎるロードサイドの枯れかけた赤松や杉並木など、みっともないことこの上なし。と言っても、それぞれ事情があり、それ以外に手は無し状態。我慢するしかないのである。木々がそれに応えてくれる保証はないが。

井上靖が愛した欅とは、そんな樹木とは違う。大きな家の庭に生えていた樹木である。高さ30から40mなど当たり前で、家を見下ろす威風堂々とした姿は、我こそがこの家の主人だゼ、と自己主張しているが如き。それに綾かるべく、家の住人が、世に尽くす気概を持って高潔な人生を送ろうと決意し、植えることにした木に違いないのである。
そんな愛情と、軒から集まる雨水を一手にうけスクスクと育って大木になるのが欅という樹木。そして、澄んだ空気と水があれば、長寿間違い無し。大木化してくると、木肌がゴツゴツしてきて皮が剥がれてくるが、これも又魅力的なのだ。樹皮に触れ、冬の入日に映える枝ぶりを眺め、一日の反省をするというのが、家の主人の勤めでもあった。もちろん、冬以外でも、それぞれの季節風景を演出してくれる木だったのである。
ただ、武蔵野の農家だと土地に余裕があるから、一本ものということはなく、雑木林との混在になるが。ともあれ、住宅地化していても、お庭にそれなりの広さがあれば欅は必須アイテムだったということ。孟子ではないが、そんな環境に住まないと人としての幅が狭くなるゾというのが、井上靖の時代の方々の感覚だろう。

そんな話はノスタルジーの世界になってしまった。
小生の以前の住処のお隣さんは、敷地にいくつかの日本家屋がある緑が溢れるお宅だった。ここ一帯はさる男爵邸の跡地なのである。その先には大企業の会長をされた方の大きな家。その真向かいと言えば、丘のような林だった。満州鉄道総裁邸を引き継いだ施設で、小生もここでジンギスカン料理を食べたりしたことがある。
当時、家内がベランダでバジルを育てていたのだが、バッタに食べられてしまった。山手線の内側にも、ついこの間まで、そんな場所もあったのである。
今、それらはすべてマンション化。更地化しての土木建築工事になるから、木々が生えていた緑のお庭の面影など完璧に消え失せてしまう。これが都会の現実。欅どころの話ではないのである。

都会に住んでいると、緑があるだけで有難いと思ってしまうから、樹勢にはとんと鈍感になる。欅とはどんな木なのか、一度は大木を見ておくことをお勧めしたい。
オッと、その前に、徹底刈り込みの街路樹と、自由にのびのびと育った一本の木ではどれ位違うのか、どの樹種でもよいから、一度ご覧になった方がよかろう。新宿御苑に行ったら、新宿や信濃町側からは一番遠くなってしまうが、プラタナス並木は眺めておきたいもの。車道沿いとは違って実に見事。これで終わらせず、少し離れたところに育っている一本モノも拝見するとよい。こちらは、街路樹として育てず、無剪定。その広がりを見れば、街路樹の気持ちがわかってくる筈。


 「日本の樹木」出鱈目解説−INDEX >>>    HOME>>>
 (C) 2012 RandDManagement.com