■■■ 「日本の樹木」出鱈目解説 2012.10.27 ■■■

   秋の草花とされていた木

秋の花といえば、もっぱら菊。イベントも多い。
しかし、キクは外来植物。ただ、それを徹底的に栽培品種として改良するところはいかにも日本的ではあるが。
古来から愛された草といえば、やはり七草だろう。春の七草と違い食用ではなく、もっぱら鑑賞というか感傷に浸るための植物。
 萩(芽子)の花 尾花 葛花 瞿麦の花
 女郎花(姫部志) また藤袴 朝貌の花
   
[山上憶良 万葉集#1538]

このなかでも和風色彩感覚濃厚と言えそうなのは、オミナエシ、ナデシコ、ハギでは。
どれも、余り見かけなくなりつつあるのが寂しい限り。もっとも、サッカーのお蔭で西洋ナデシコは大ヒットらしい。

だが、代表を選ぶなら、なんといってもハギ。万葉集に矢鱈に沢山登場してくる花だし、草冠に秋という文字はその正統性を物語るからだ。
ところが、植物学上は草ではなく、木とされる。花が咲くと、重みで枝が撓んで地表まで咲き乱れるから、その風情からすれば草と見なす方が自然だと思うのだが。それに、冬になると枯れたように見えるし。
花好きは嫌うが、花無し状態もそれはそれでいいもの。人がほとんど通らず、開発も進んでいなかった、かつての山之辺道のような場所で生き抜いている植物を眺めるのも悪くないと思うのだが。残念ながら、今や、そのような場所は滅多にお目にかかれない。
しかしながら、萩の名所は各地にあるらしい。なかには、自然の姿そのものと称する植栽もあったりして、どういう意味かよく分からないものも。

萩人気の程を知らないから、ハズレかも知れぬが、東京だと、鎌倉扇ガ谷にある浄光明寺に見に行くのかナ。どうせ混み合うだろうから、小生は、開花時期に訪れたことはないが、落ち着いた雰囲気のお寺との印象が頭の隅に残っている。ここのハギは宮城野萩という種とか。
山野に生える山萩と違い、枝垂れになる種ということらしい。その辺りが、枝垂れ好きの京の人に「宮城野」が愛された理由か。
なにせ、鴨長明の無名抄によれば、橘為仲(1014-1085)陸奥守が帰京時に、宮城野萩を持ち帰ったところ、二条大路に人だかりができたほどだったというのだから。

それに西行法師(1118-1190)がならったのかは知らぬが、青蓮院に「宮城野の萩」があるようだ。
 萩が枝の 露ためず吹く 秋風に
 をじか鳴くなり 宮城野の原
   
[山家集類題]
小生は、それはてっきり高台寺かと思っていた。こちらは、蕪村の句に登場するそうな。
  黄昏や 萩に鼬の 高臺寺
ところで、イタチとはなんなのかね。そう言えば、赤豆と言えば猪だが、この組み合わせも不可思議。山野でも、痩せた土地に生えるのが萩であり、猪が好む土地柄ではなさそうだし。それに猪の通称名はボタンなのだから。西行流なら鹿だが、まあ、紅葉に合わせているから使えないというだけの話か。

京都も、今では、人気は伝承地ではなくなってしまったようだ。賀茂大橋から、京都御苑に向かったところにある常林寺や、梨木神社(萩の宮)が観光のメッカ。
その昔は、雲母坂(北比叡登り路)に自生していたらしいが、そんな面影は無い。当時は麓の木々が伐採され、痩せた山だったということかナ。一方、萩に覆われ、往来する人多し状態だった滑り石越え街道辺りは今や全面的住宅地。宮城野と五十歩百歩といったところで、野草の萩の余地はどこにも無いのである。
萩は、お寺がお守りする観光木化した訳である。

(引用したウエブ情報)
 萩の花WEB
 俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡 第12集芭蕉と仙台 宮城野について LAP Edc. SOFT
 京都通(京都観光・京都検定)百科事典

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