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■■■ 「日本の樹木」出鱈目解説 2015.8.16 ■■■

子供を象徴する実がなる木

「大きな栗の木の下で」は、"Under the spreading chestnut tree"の訳。
この歌はJaromir Weinberger編曲(@1939)が元とされる。その発祥は、英国のダンス曲。旧題名から見て、乙女がパートナーを探す歌垣的なものではないか。もともと、大きなイガが落ちてくる場所で子供が遊ぶシーンは不自然。栗には、なんらかの寓意がありそう。その根底にはケルト的巨木信仰が流れている可能性も。

米国でこの歌が愛された理由は、栗の木のノスタルジーを感じさせたからと見る。
というのは、20世紀に入り、胴枯病(黴)が入ってきて、大被害をこうむったから。もともと、そこいらじゅう栗の巨木だらけだった訳で、それこそリスなら東海岸から西海岸まで木を伝わっていけると言われたほど。それが絶滅危惧状態にまで陥ったのだから。
<米州の栗>
 アメリカ栗/美洲栗/Chestnut
 チンカビン/美洲矮生栗/Allegheny chinkapin
  美洲榛果栗
 Chestnut Oak (オーク)
 American Beech (アメリカブナ)
 Horsechestnut (セイヨウトチノキ)

そんなこともあり、駐留軍将校が感傷的な気分で歌うのを耳にしたのが切欠で翻訳化がはかられたのだろう。日本人的には、それは、焼け野原と化した情景を眺める気分と重なってただろうし。
代表的童謡に選定されているが、それは、NHKがそのような扱いで広めたからだろう。多分、栗には、「瓜食めば、子ども思うはる。栗食めば、まして偲はゆ。」的な感覚があるということで。
ただ、この歌も余りに有名だが、解説にはたいしたものがないのが不思議。小生は、何故に栗なの?と思わず質問したくなるのだが。
桃とか、蔓つきの瓜ならわかるが、イガに入っている堅果からは子供を連想できないからである。そこにはなんらかの古代信仰があるのだろうか。

と言うのは、現代日本では、クリの木はそれほどの巨木という印象は薄いが、古代は米国同様に巨木だらけだった可能性もあるからだ。
類推ではない。三内丸山遺跡の巨大建造物の極太柱は栗材だったそうだ。しかも、栗栽培も行われていたのは間違いないらしい。
<和栗>
 日本栗/Japanese chestnut・・・栽培種
 柴栗・・・原種

そこから想像するに、美味しい栗の実を得るには、樹木にそれなりの手入れが必要ということを、憶良はご存知だったというだろうか。放置したままだと、陽が差し込まない部分が多くまり、うらなりのような実だらけになったりするということを。

あるいは、秀才のことだから、漢詩を想いだしたか。

    「責子」  陶淵明
  白髮被兩鬢、肌膚不復實。
  雖有五男兒、總不好紙筆。
  阿舒已二八、懶惰故無匹。
  阿宣行志學、而不好文術。
  雍端年十三、不識六與七。
  通子垂九齡、但覓梨與栗。
  天運苟如此、且進杯中物。


勉強三昧の優れた親に限って、揃いも揃って、その子供達は勉強嫌いだったりすることはよくある。こうなると、いくら優秀な親であってもお手上げ。
<中国の栗>
 中国栗/板栗/Chinese chestnut・・・天津甘栗用
 珍珠栗 or 錐栗・・・高木
  峨眉錐栗
 茅栗 or 毛栗・・・台木用
 叢生栗


欧州では、栗は子供の象徴にはなりそうにない。
いかにも大人のお菓子というイメージが先に立つからだ。どこまで本当なのかははなはだ疑問であるが、アレクサンドロス大王が最愛の妻ロクサーヌ妃のために作ったのがマロングラッセだそうなので。・・・ソリャ、栗ではなく、ママでは食べられない栃の実と違うか。
<西洋の栗>
 マロン/歐洲栗/Sweet chestnut or Marron [仏語:Chataigne]
 [仏語]Marronnier (西洋栃ノ木)


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