表紙 目次 | ■■■ 「日本の樹木」出鱈目解説 2015.11.14 ■■■ 御嶽ご神木 「ビロウ」との名称は余り耳にしないが、「ビンロウ」と聞けばほとんどの人がご存知だろう。漢字で書くと、どちらも檳榔であり、ビロウは「ン」の書き忘れかと思ってしまうが、両者は全く異なる植物。といっても、Palmの系統ではある。素人からすれば、ビロウは棕櫚系で、ビンロウは椰子系となろうか。 つまり、こういうこと。 /Areca palm or Betel palm/檳榔@中国/Cây Cau@ベトナム 一方、ビロウの方は他の呼び方がある。 檳榔 or 柳田国男は、八重山の離島の寂しい村の美しくて清らかなコバ林を歌っている鳩間節を例にとり、南島では、蒲葵を清くめでたいものとしているとした。 世の始まりを「 南島には蒲葵山状態の場所が残っており、それらはおそらく神聖な地とされていたからだろう。 伊平屋島田名崎のクバ山 久場島[座間味沖] その昔は、鬱蒼たる蒲葵林は珍しいものではなかったのだと思われる。その林こそが、命を守ってくれる、大切な資源だったのであろう。そういうことからか、今でも、 今帰仁 安和 クボー御嶽 竹富島の御嶽群 言うまでもないが、枇榔は本土でも特別な屋根材として使われたのである。・・・大嘗祭百子長、公卿用檳榔庇車・檳榔毛車。土器絵にさえ登場する、貴人の傘や笠、扇の伝統を引き継ぐもの。(山岳修験者による護摩焚き用団扇、所謂、天狗のウチワも正式にはアジマサとされる。) 古事記にも記載されている。 出雲国造の祖、名は岐比佐都美、 青葉の山を餝りて、・・・(中略)・・・ 御子をば、 阿遲摩佐長穂宮に坐せて、 駅使を貢上りき。 [古事記中巻](本牟智和気王の項) ・・・淡道島に坐まして、遥に望けまして歌ひたまはく おしてるや 難波の崎よ 出で立ちて 我が国見れば 阿波島 淤能碁呂島 阿遲摩佐の島も見ゆ 佐氣都島見ゆ [古事記下巻御製] (尚、アジマサは瀬戸内海には自生していない。栽培を試みた可能性は高かろうが、成功したとの話は皆無のようだ。そこで、上記の難波は摂津では無かろうとの説も生まれる。阿波島や淤能碁呂島が他にも存在した理由をどう説明しているのかは知らない。) といって、亜熱帯の日本では、特殊な樹木ということではなく、衣類以外にも幅広く利用され日々の生活を支えていた筈。以下のように用途は広いからだ。 【葉】 屋根葺き [古代〜中世]舟の帆 敷物 扇/団扇/扇子、笠/蓑、箒/叩き、泡盛瓶葉巻包装 釣瓶/柄杓、葉鍋 クバの葉餅@与那国 【幹材】 丸太柱、杖、臼 弓矢、細工材 【果実】 味噌@与那国 【新芽】 野菜 亜熱帯気候の黒潮の道には南島文化の残滓がまだ残っている可能性もあろう。土佐〜日向〜薩摩の離島には阿遅摩佐の林があるからだ。 宿毛湾 蒲葵島 日向灘門川 枇榔島 志布志湾 枇榔島 南大隅佐多岬 佐多枇榔島 笠沙黒瀬 沖秋目島(枇榔島) どうも、台湾辺りの高地少数民族だと、屋根葺きはもっぱら さらに南では西表島辺りが北限の植物ニッパヤシ/Mangrove palm/水椰が所謂ニッパハウスの屋根材となる。 どちらも、南島文化のように神聖視されてはいないようだ。と言うことは、アジマサだけが、日本列島の基層文化に深くかかわっていることになろう。 そういうこともあるのか、日向の青島での感興から、柳田は一首・・・。 あぢまさの 蔭うつくしき 青島を 波たちかえり 又見つるかも アジマサは祖神の 吉野裕子氏によれば、ビロウは蛇に見立てられた植物と考えるべしとのこと。 (参照) 柳田国男:「海南小記」角川ソフィア文庫 吉野裕子:「扇−性と古代信仰」講談社学術文庫 「日本の樹木」出鱈目解説−INDEX >>> HOME>>> (C) 2015 RandDManagement.com |