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■■■ 「日本の樹木」出鱈目解説 2016.1.28 ■■■

楊貴妃色の花木

野海棠[ノカイドウ]小群生が霧島山"えびの高原"の渓谷沿いで発見されている。幼木が生まれない状況だろうし、樹皮を食べる鹿が増えているだろうから、遠からず絶滅の可能性が高い樹種である。
小さな野生の林檎といった風情の樹木であり、可憐な白い花を咲かせる。山地なのに海老という海的地名のせいもあり、木花之佐久夜毘売を彷彿させる。
もっとも、ここらは、秋になるとススキまでが葡萄色になる地域だそうで、色名から来た地名のようだ。この地は多雨温暖だと思うが、高原だからかなり冷え込むし、火山ガスが流れ込んだりして、紅葉は格別なのだろう。

よく知られる花海棠は赤系の花を咲かせるが、この近縁とされている。しかし、直接的な系譜は無く、江戸時代に大陸から導入された樹木と見なされているようだ。

従って、花海棠を含め、「八重海棠 枝垂海棠 斑入海棠 実海棠」は本来的には和の園芸品種と見るべきなのだろう。
そうなると、大陸の原種はどんな樹木かとなるが、中国の本海棠も観賞用の栽培品種しかないらしい。おそらく、雑種化しきっている品種なのだろう。
驚いたことに、日本の花海棠とは微妙に違うらしく、日本に入った種は別に存在すると考えるしかないらしい。

そもそも、海棠という名前を考えると、中国に原種ありとの見方がどこまで当たっているか疑問。
「棠=山梨」であり、"海を越えてやってきた梨"の意味だからだ。呼び名の対応としてはこうなる。・・・
  [日本の]実海棠=西府海棠
  [日本の]花海棠=垂絲海棠/南京海棠
  "本海棠"=海棠花

中国ではえらく愛された花のようで、地域毎に様々な品種ができあがったということか。マ、紅色の花がお好きだし、実が食用となるとなれば、当然の姿勢だろう。
河南海棠 湖北海棠 滄江海棠 西蜀海棠 池海棠 三叶海棠 變叶海棠 花叶海棠東海棠 山海棠

ただ、厄介なのは、木瓜[ボケ]も海棠と呼んでいる点。お蔭で、えらく混乱させられる。
  [日本の]木瓜/皺皮木瓜=貼梗海棠
  [日本の]草木瓜=倭海棠
  [中国の]木瓜=海棠
  [中国の]毛叶木瓜=木瓜海棠

桃の方が吉祥だから、どうしてそこまで海棠びいきになるのかよくわからないが、甘酸っぱい固き実がつくところが、魅惑的ということなのだろうか。
倭的感覚だと、花の精気を感じることが嬉しい訳で、枝を折って髪に挿すとか、生け花として室内に飾ることがことのほか嬉しいのだが、多分そのような愛で方はお嫌い。実を食すチャンスを減らすようなものだから。

玄宗皇帝が沈香亭に楊貴妃を召したところ、まだ酔っており、その様を海棠に例えた句が有名である。花が垂れているところが、華やかな牡丹の花と違って、えらく艶めかしいのであろう。・・・

    [太真外傳@冷斎夜話]
  上皇登沈香亭,詔太真妃子。
  妃於時卯醉未醒,
  命力士從侍兒扶掖而至。
  妃子醉顏殘妝,鬢亂釵,不能再拜。
  上皇笑曰:「是豈妃子醉,真海棠睡未足耳。」


    「海棠溪」  [唐 濤]
  春教風景駐仙霞,水面魚身總帶花。
  人世不思靈卉異,競將紅纈染輕沙。


色的にはこんな具合とか。[@中国伝統色彩 by AJ Chan]
桃 紅,櫻桃色,海棠紅,石榴紅,楊妃色

四川出身者だけに西蜀海棠をこよなく愛したのは蘇東坡。願わくば、海棠の下にて死なむの心境だったかも知れぬ。

   寓居定恵院之東雑花満山。有海棠一株土人不知貴也。[蘇東坡詩醇 巻之4]

    「海棠」  [宋 蘇軾]
  東風嫋嫋泛崇光,香霧空濛月轉廊。
  只恐夜深花睡去,更燒高燭照紅妝。


以下はオマケ。海棠三昧がいかに流行っていたかがわかろうというもの。

  「花時遍諸家園 十首」  [宋 陸]@剣南詩稿巻六 1176年
  其一
 看花南陌複東阡,曉露初乾日正妍。
 走馬碧坊裏去,市人喚作海棠顛。

  其二
 為愛名花抵死狂,只愁風日損紅芳。
 刻ヘ夜奏通明殿,乞借春陰護海棠。

  其三
 翩翩馬上帽檐斜,尽日尋春不到家。
 偏愛張園好風景,半天高柳臥溪花。

  其四
 花陰掃地置清尊,爛醉歸時夜已分。
 欲睡未成欹倦枕,輪?帳底見紅雲。

  其五
 宣華無樹著啼鶯,惟有摩訶春水生。
 故老能言當日事,直將宮錦裹宮城。

  其六
 枝上猩猩血未曦,尊前紅袖醉成圍。
 應須直到三更看,畫燭如椽為發輝。

  其七
 重萼丹砂品最高,可憐寂寞棄蓬萵。
 會當車載金錢去,買取春歸亦足豪。

  其八
 絲絲紅萼弄春柔,不似疏梅只慣愁。
 常恐夜寒花索寞,錦茵銀燭按涼州。

  其九
 飛花盡逐五更風,不照先生社酒中。
 輸與新來雙燕子,銜泥猶得帶殘紅。

  其十
 海棠已過不成春,絲竹淒涼鎖暗塵。
 眼看燕脂吹作雪,不須零落始愁人。


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