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2002.8.3
 
 


中東問題(2)…

 中東地域の不安定要因を、政治思想や宗教の視点から解説する書籍が氾濫している。一方、エネルギー資源の偏在に絡む利権争いを分析し、紛争の底流を読者に考えさせる書籍もあるのだろうが、書店では目につかない。
 日本の主要新聞も、政治記事の主流は、権力闘争の解説や、思想対立の背景説明が多い。社会状況や技術潮流の視点から、問題を抉り出す記事が少ない。
 このような情報の洪水のなかにいると、冷徹に現実を見つめ、時代の波を読み取る力が弱体化するのではなかろうか。

 例えば、冷静に考えれば、中東問題についても、すでに述べたエネルギー利権同様、水利権問題も紛争の根底にあるといえよう。

 実際、エジプト出身のガーリ前国連事務総長は、水紛争の結果、エジプトも含め、中東地域に戦争が勃発する可能性を幾度となく指摘したそうだ。  又、1990年代はじめ、トルコのデミレル首相が「我々はシリアの石油資源をよこせとは言わない。だから彼らも我が国の水資源を共有させろとは要求できない」と述べたという。(http://www.unu.edu/hq/japanese/newsletter/wip-j/wipj-15.2.html#top)

 こうした発言が意味する水利権問題は極めて深刻である。

 エジプトを潤すナイル川が典型だ。上流国では内戦状態が長く続いている。この結果、貧困と飢餓に苦しんでいる国もある。
 隣国内の紛争は、自国内の騒乱に繋がる可能性があるから、隣国の政治的安定を希求するのが普通だろう。ところが、下流国のエジプトにとっては、これとは逆の意向が働く。上流国が政治的に安定すれば、水利権の発言力を増し、ダムプロジェクトを始めるだろう。そうなると、水不足により自国の農業は深刻な影響を被る。水利権が侵されることは、自国の安全保障が脅かされるのと同義なのだ。従って、水利権紛争が発生すれば、軍事力の対決に繋がる可能性は極めて高い。直接対決を避けたいのなら、相手国の反乱勢力を支援することで、間接的に自国の安全保障を実現するしかあるまい。

 トルコの問題も同様である。チグリス・ユーフラテス川はトルコ、シリア、イラクを通過する国際河川だ。シリアとイラクにとっては、この河川の水は自国の農業にとって生命線である。上流国が、この河川で開発プロジェクトを始めれば、下流国にとっては、安全保障問題が発生する。水利権で発言権を得るためには軍事力は不可欠、というのが現実政治だから、各国とも軍備増強に走らざるを得まい。軍事力が劣勢なら、他国内の反乱勢力支援も辞さず、ということになろう。
 政治思想や、民族・宗教で様々な勢力が入り乱れるのは、こうした問題が内在しているからだ。自国の安全保障がかかっているから、どのような勢力をも活用する。一見、無原則に見えるが、必死の動きだから、手段を選ぶ余裕などない。

 イスラエル・パレスチナ問題もこの観点で見れば、解決は不可能に近い。そもそも、旧約聖書の出エジプト記の記述---他民族を追い払い「約束の地」に行かせる、との神の言葉---がイスラエル立国の原点である。聖書の時代から、熾烈な水利権抗争が続いていた地域だ。現在でも、イスラエルにとっては農業振興は生命線だから、水資源確保は安全保障の基本といえよう。
 従って、水資源の上流国、レバノン、ヨルダン、シリアの政治的安定や軍事力増強は、イスラエルにとっては安全保障への重大脅威と見なせる。又、ヨルダン川西岸地域のパレスチナとも、ヨルダン川と地下水の利権では対立関係にある。パレスチナ政府が、地下水汲み上げやヨルダン川の利用を始めれば、イスラエルにとっては安全保障上危機と見なさざるを得ない。パレスチナに統治権を与える訳にはいかないのである。
 ここでも、ナイル川やチグリス・ユープラテス川と同じ状況が見てとれる。パレスチナの過激派はイスラエルの治安にとって大問題だが、同時に他国の国内騒乱の火種にもなる。過激派は、イスラエルの安全保障上、プラスにも働くのである。


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