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2004.12.9
 
 


後継南極観測船の早期就航の意義とは…

 2004年10月26日、南極観測の将来を考える会が南極観測船「しらせ」後継船の早期就航を求める集会を開いたとのニュースが流れた。今の計画の通りでは、観測中断を余儀なくされるから、早期就航せよ、との主張である。(1)
 こんなニュースが流れるところを見ると、「しらせ」後継船の早期就航を応援しているジャーナリストは結構多いのだろう。

 そんな気持ちもわからないではないが、ほぼ1年前に出た、「新南極観測船の実現を求める宣言」を読む限り、積極的に応援する気にはなれなかった。(2)

 南極観測には、「国民の夢を育むという教育的効果」があったのは事実だ。だからといって、同じことをそのまま続けるべきとは言えまい。

 言うまでも無く、昭和基地に向かう砕氷船「宗谷」の姿に感激した人は多い。南極観測は、全国民的な喜びに繋がる国家事業だった。しかし、この事業の閣議決定は1955年のことだ。もう、半世紀が過ぎている。
 アムンゼンやスコットといった南極探検の時代ははるか遠い昔の話であるし、南極の大陸資源を確保するための橋頭堡造りのために基地設置という時代でもなかろう。 

 今は、南極旅行が簡単にできる時代なのだ。
 「南極半島&サウスシェットランド諸島(12日間コース)クルーズ」の料金が\347,400〜。それこそ、行きたければ、アルバイトでお金を稼いで南極にいける額である。(3)

 このように大衆化したお蔭で、南極の自然は壊されかねない状況に至っているそうだ。(4)
 これが現実である。

 素人がお気軽に訪れる土地に、わざわざ、時間とお金をかけて、日本から船を出してどのような意義があるのか、大いなる疑問である。
 というより、そもそも、「南極用の船」というコンセプト自体が理解し難い。「観測船」なら、ドイツの"Polarstern"(5)のように、南極・北極で、年中活躍する体制を敷くのが普通だからだ。

 もっとも、こうなるのは当然である。「観測船」と勝手に名づけているだけで、実体は、海上自衛隊の「その他の艦船」に位置付く「砕氷艦」(6)にすぎないからだ。南極が夏の間だけ、昭和基地への資材と人員運搬用に使われている船なのである。

 このような中途半端な体制を変えようというのなら応援もしたくなるが、「新南極観測船の実現を求める宣言」はそのような発想とは無縁であり、賛成する気にはなれない。

 もしも、本当に南極現地で本格的な研究をしたいのなら、研究者が基地へは、飛行機で到来できる体制作りが不可欠だと思う。
 従って、昭和基地は研究所の要件を満たしていないとみなすべきだ。

 そもそも、今時、貴重な人材を、1年以上の長期に渡って閉じ込める必要があるとは思えない。それに、昭和基地の立地に魅力があるとも思えない。
 それなら、昭和基地を止め、インフラが整った外国施設での同居を図ったらよさそうなものだ。
 優れた研究環境で、海外研究者と共同で古代気象学の研究をした方が、大きな成果が生まれるのではないだろうか。。

 今の主張は、ともかく基地が存続さえすればよい、という発言に近い。
 これでは、かつて活躍した人達のノスタルジーを満足させる運動になりかねまい。

 --- 参照 ---
(1) http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/archive/news/2004/10/26/20041026ddm012040014000c.html
(2) http://www.nipr.ac.jp/jare/topics/keizoku/declaration.html
(3) http://www.sea-ing.com/travel/kaigai/nankyoku2004-2005.htm
(4) 六車俊範著「南極観光の現状と観光開発への提言」
  http://plaza.rakuten.co.jp/mugutoshi/12001
(5) http://www.awi-bremerhaven.de/Polar/polarstern.html
(6) http://www.jda.go.jp/JMSDF/gallery/ships/agb/shirase/


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