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2006.7.10
 
 


Palmisano の思想…

 グローバル化により、世界経済は順調に発展してきた。これを牽引してきたのは、政治というより、多国籍企業とインベスターである。
 しかし、不思議なことに、企業に対して感謝するような発言など聞いたことはない。ほとんどは、金儲けしか考えない悪の組織といった調子のステレオタイプの批判ばかりである。

 と言って、そんな批判者に実践的な解決策のアイデアがある訳ではない。
 グローバル化を抑えれば、世界経済は縮小するだけのこと。生活悪化を恐れず、ともかく資本主義構造を壊せば嬉しい人は別だろうが、グローバル化以外に社会発展の道などありえない。
 ただ、副作用も大きいから、グローバル化を嫌う人が増えているのはやむを得ないという面もある。

 そんな状態を突破する思想が提起された。

 驚いたことに、それが政治や思想の世界からではなく、ビジネス界から。

 2004年末にまとまった“Innovate America”で、リーダーシップを発揮したIBMのCEO、Palmisano が、Foreign Affairsに論文を発表したのである。(1)
 そのポイントは、Financial Times に掲載されたレターのタイトルに尽くされている。
 “How multinationals have been superseded”(2)

 はっきり言えば、多国籍企業時代は終焉を迎えたということである。

 企業組織は、植民地経営型とも言えるMultinational corporationから、“GIE”(globally integrated enterprise)に替わるというのだ。(3)
 もしも、企業がGIEに変身できなければ、社会は破滅の道を歩まざるを得ないという強烈な思想を披瀝したのである。

 経済のグローバル化が進んではいるが、ナショナリズムや国内産業保護主義が消えた訳ではない。現実の政治は、そのレベルで動いている。グローバル化とは米国覇権化と同義であると考える人も多い。

 そのため、企業は、紛争を避けるため、地域状況を勘案しながら、先ずは生産拠点を構築することになる。これに合わせてグローバル機能が活用される、と言うのが常識だった。

 海外の研究開発拠点も構築されたとはいえ、心臓部は母国との原則を崩している訳ではない。海外は、現地市場に合わせるための機能や、補完役程度に留めるのが普通である。

 これを大きく変えるというのが、“GIE”思想である。企業は、各国の国民と労働者から搾取しているのではなく、グローバルにビジネスを展開することで、社会進歩に寄与していると初めて明確に言い切った。

 “GIE”こそが、世界の流れを変えることになるという訳である。反グローバリズム勢力に対する強烈な一発と言えよう。

 “GIE”の本質は、“collaborative innovation”、“integrated production”、“outsourcing to specialists”であり、政治、貿易パターン、教育を変える原動力にもなるという。
 端的に言えば、知的生産拠点は母国、との話は無くなるということである。高付加価値な仕事ができる「人」がいるなら、そこには国境などないという考え方である。
 コミュニケーションの仕組みがそこまで進化したと宣言したと言えるかもしれない。

 とは言え、これは理想論である。このモデルが成り立つのは、知能を活かす産業だけだ。
 例えば、希少資源である土地・水・鉱物資源に関するビジネスや、文化に係わるものは、この発想は機能しない。企業倫理が通用する政治システムを欠く地域のビジネスは、たいていの場合、武力紛争や環境破壊に繋がることになる。
 一部の回教国では、コカ・コーラは買えないし、ナショナリスト政権が油田の国有化を図ったりする。どちらも、何の解決にも繋がらないのだが、国民には人気がでる政策である。これが現実なのだ。

 しかし、保護主義的な動きや、ナショナリズムの勃興に抗して、真のグローバリズムを提起したことの意義は大き 企業が、“GIE”型の動きを強化すれば、事態は良い方向に進む可能性もあり得るからだ。

 実は、世界を変えることができるのは、政治屋ではなく、企業のビジネスマンなのである。そのことにようやく気付き始めたようである。
 実際、多国籍企業は、アフリカ社会を変える動きもを担っているそうだ。(4)
 Shellは中小企業設立を援助しているし、Ericssonは太陽電池携帯電話をレンタル方式で普及させているのだ。

 腐敗した高級官僚に牛耳られている国際機関やその周囲に群がる組織にお金を流したところで結果は見えている。援助は浪費されるだけだ。そんなことで貧困がなくなる訳がない。
 発展途上国が貧困から急いで脱出するためには、そこに住む人達が“GIE”の一翼を担うしかないのである。

 そんなことを考えると、Palmisano 論文とは、企業の歴史的使命を明らかにしたものと言えるかも知れぬ。

 --- 参照 ---
(1) Samuel J. Palmisano: “ The Globally Integrated Enterprise”Foreign Affairs [2006-5/6]
  http://www.foreignaffairs.org/20060501faessay85310/samuel-j-palmisano/the-globally-integrated-enterprise.html
(2) Samuel J. Palmisano: “ How multinationals have been superseded”The Financial Times [2006.6.11 有料]
(3) Francesco Guerrera and Richard Waters: “IBM chief calls for end to colonial companies”The Financial Times [2006.6.11]
  http://www.ft.com/cms/s/aa447f34-f973-11da-8ced-0000779e2340.html
(4) Nick Mathiason: “ Coming to terms with the forces of anti-globalization”Guardian(The Observer) [2006.6.18]
  http://www.guardian.co.uk/globalisation/story/0,,1800067,00.html


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