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2007.7.23
 
 


お米輸出話の本質

 「大きな歴史的な第一歩になる」(1)
 2007年6月29日、八芳園「チャット」の間で行われた中国向けのお米の輸出記念式典でのご挨拶。
 2013年に農林水産物・食品輸出を1兆円規模に増やすという“夢”への一歩という位置付けである。

 う〜む。

 このところ、米の輸出でよく話題になっていたのが、台湾へ輸出している、西いわみ農協の「ヘルシー元気米」。(2)
 お蔭で、西石見(益田市)詣が流行っているようだ。

 丸一日費やして現地に出向くことになるから、準備にも相当時間をかけるのだと思うが、直接担当者にお会いさせて頂き、一体何を聞くのだろうか。ビジネスマンの感覚では想像がつかない。
 と言うのは、この輸出、どう見ても、総量で10tといったところだからである。台湾のデパートでの売価は2Kg420元(約1,600円)。すると、農家の手取り額は、・・・・。
 農協の営農部長さんによれば、「儲けよりも、輸出によって、生産者に生産意欲が高まったことがプラス」(3)だという。

 ビジネスマンが一番嫌いな、将来展望なき精神論に聞こえるのだが。
 具体的な将来目標と、その根拠を掲げずに、ただ闇雲に努力をするのは、モラル低下を招くと考えるからだ。
 まさか、精神論で現実を変えることができると考えてはいないと思うが、発想が違うことは間違いなさそうである。

 儲からない輸出ビジネスを苦労して立ち上げるなら、その努力を無にしないように、他のビジネスで収益を生み出す方策を考えるのが、企画スタッフの役割だと思うが、農業分野では、そんな話はまずでないようだ。
 農業組織外との自由な係わりは許さずという不文律に縛られているからである。
 そんなビジネスを視察して、どのような意味があるのか、はなはだ疑問である。

 そういえば、魚沼みなみ農協の話もよく報道されている。
 こちらは、魚沼産コシヒカリの新米をハワイで売るという話。インターネット通販で、注文をまとめる仕組みのようだ。(4)
 価格は国内の約倍。さらに輸送料金が加わるから高価である。しかし、魚沼産米など、日本でも引く手あまた。ニセモノだらけという噂さえ飛び交う状態。もともと競争力ある商品である。
 米国には、わざわざ築地から鮪を空輸してお客に提供する店があることは、昔から知られている。それに比べれば、たいして高額なものではない。
 しかも、インターネット国際通販など、どの業界でも、とっくの昔に始まっている。言うまでもないが、競争は熾烈。
 こんな状態で、米のインターネット販売の、どこが珍しいのかわからないが、農業分野では、ニュース価値があるのだ。ビジネスマンの通常感覚とは大きく異なる。

 このような状況を見ていると、輸出振興の本質は、間接部門に膨大な予算を注ぎ込む方策ではないかとかんぐりたくもなる。
 ともあれ、米の輸出は実に筋が悪い。
 農産品貿易の自由化へ踏み出すための一歩というのなら、それなりの意義もあるが、日本政府にそんな気が全く無いことは、世界中によく知られている。WTOでは、日本を外した議論にすべしと言うのが、欧米の実感ではないか。

 だいたい、米の輸出可能性を言い出すこと自体、胡散臭さ芬々。
 多分、日本には冠たる自動車産業がありながら、外車の輸入は好調だという事例をなぞらえ、日本の美味しい米なら、海外で通用する筈という理屈なのだろうが、とんでもない理論である。
 日本で好評な外車とは、地元でも競争力を発揮できる商品。そうでない外車ビジネスが日本で成功しているとは思えない。
 つまり、外車の例を当てはめるなら、さし詰め、鮪を扱う企業。海外市場を席巻する可能性あり、ということになる。もっとも、鮪の場合、流行れば、すぐに供給不足に見舞われてしまうだろうが。

 一方、日本の米産業にそんな競争力があるとは思えない。
 競争力が無いなら、抜本的な改革しかないと言うのが、ビジネスの鉄則。余計なことをすれば問題は複雑化するだけで、解決はさらに遠のくことになる。
 輸出ビジネスを無理に手がけ、力があると錯覚させる政策は、百害のみ。

 などと主張すると、日本産米が素晴らしいと言い張る人もいそうだから、ポイントをまとめておこう。

 日本の米作は、食味向上を叫び続けてきたが、肝心の生産性はほとんど向上していないのではないか。ところが、海外生産者は生産性向上に励み続けてきた。その差は広がる一方で、今では、とても勝負にはならないと思う。
 
 マクロで比較すれば、Calrose米よりは、食味が上回るといった程度ではないか。海外産と比べて、日本産米が美味しいとは断言しがたいのが現実だと思う。
 そもそも、米国産、オーストラリア産、中国産と言っても、モノは“コシヒカリ”、“あきたこまち”だったりする。しかも、海外産は、年々、美味しくなっていく。現に、2006年の米国産米の評判は上々。なかには、中国産の「合江19号」も十分美味しいと言う人もいる位だ。現実を見据えれば、日本米に競争力があるとは思えない。
 要するに、電気釜技術が優れているから、高級米なら、食味にたいした差はでないということ。

 間違ってはこまるが、これは、“お米”での話。

 果物のような工芸作物なら話は別である。贈答用市場のような、高級品が流通する世界もあるし、知恵を働かせれば高収益ビジネスがあり得る。もちろん、このなかには、輸出ビジネスも含まれる。
 例えば、香港に高級品大市場があるのは、昔からよく知られている。チャンスを活かしたいなら、挑戦すればよいだけのこと。ところが、日本の農業は、これを嫌う。組織をあげて、秩序だった「挑戦」をさせたいのである。
 このお蔭で、折角のチャンスを潰される人が出てこなければよいと願うしかない。

 例えば、時々、ニュースに登場する林檎の輸出にしても、日本の既存大組織を避けたから、成功したのではなかろうか。ホームページからの推測に過ぎないが、“農家→「片山りんご」(5)→現地輸入業者→スーパーマーケット”という簡素な流れを狙っていると思う。
 企業家ならそう考えるのが一番自然だ。中間に存在意義の薄い組織が入れば、余分なコストが嵩むだけではない。ビジネスセンスがあって、本気でやる気がある人が、少数派に転落してしまう。そうなると、重要な情報は、生産業者には入らなくなってしまうから、競争力を磨きようがないし、折角のチャンスに恵まれても、気付かずに見過ごしてしまいかねない。
 農業分野の動きには、こうした感覚が無いものが多すぎる。

 ・・・こんなことを考えていて、ふと、昔話を思い出してしまった。
 知り合いが、米国人に頼まれて、神戸ビーフの米国輸出を検討してあげたのだが、きっかけは単純そのもの。畜肉商売とは全く無縁の米国人が、神戸ビーフのステーキを食べ、これは美味しいと感激しただけのこと。この肉なら、どんなに高価だろうが、ニューヨークで売れると踏んで、起業を思い立ったのである。チャンスを肌で感じ、事業成功像が頭に浮かび、起業を決心した訳である。
 ビジネスでは、ここが肝心だと思う。

 それこそ、純然たる和菓子でも、競争力の実感があり、海外市場での将来像が描けるなら、輸出ビジネスで成功するチャンスはあるということ。おそらく、挑戦者はいる。もしかしたら、すでに成功例も色々あるのかも知れない。わざわざ成功を宣伝してもらう意味があるとは思えないからである。

 輸出促進策が、企業家精神を潰す方向に進まないことを願うしかない。

 --- 参照 ---
(1) http://www.nougyou-shimbun.ne.jp/modules/bulletin1/article.php?storyid=599
(2) 「台湾への米の輸出を通じた国内外の販路拡大」  http://www.maff.go.jp/soshiki/nousan/kikaku/suiden/p006a.pdf
(3) http://c-honryu.at.webry.info/200607/article_2.html
(4) http://g-call.co.jp/shopping/goods/detail.php?gdp_no=3253
(5) http://www.infoaomori.ne.jp/krr/eigo.htm


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