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2007.12.10
 
 


タクシー料金値上げで考えたこと

〜 都内のタクシー料金改定内容 〜
1997年 2007年
初乗り運賃 660円 710円
加算料金 80円/274m 90円/288m
深夜加算 23:00から2割増 22:00から3割増
 2007年12月、ついに、東京のタクシー料金が10年ぶりに値上げになった。経済政策変更の象徴的な動きと言えよう。
 そして、こうした動きに応え、全国的にもタクシー運賃の値上げが急激に進んでいる状況だ。(2)

 一時、東京でも、初乗り500円のワンコインタクシーが騒がれたが、結局消えた。低価格サービスがなくなった訳ではないが、ほとんどインパクトは与えていない。(1)
 それよりは、ともかくタクシーは走らせれば利益が出るということで、台数だけが増えていることの影響が大きい。

 その状況を見透かしたように、以前の規制業種の状況に戻そうという動きが始まったようである。

 “タクシー事業につきましては、著しく供給過剰な地域について、道路運送法に基づき、国土交通大臣が「緊急調整地域」に指定し、新規参入や増車を禁止する措置を講ずることができることとされていますが、今般、指定の基準を一部見直した上で、宮城県の仙台市を緊急調整地域に指定することとしました。”(3)ということなのだから。

 大田経済財政政策相は“タクシーの運転手さんの賃金が下がっているということが、今回の値上げの大きい背景になっています。その下がっていること自体は明らかになっておりますけれども、それをそのまま消費者に転嫁する形で解決していいのかという疑問がありますし、これは物価安定政策会議でも出されているテーマです。したがいまして、業界の構造というのをやはりここで議論する必要があるのではないかと。需要は増えないのに供給が増え続けているわけですね。”(4)と語っていたが、その発言には、何の意味も無かったということである。

 要するに、政府には何の原則も無いし、経済低迷を脱しようとの「志」も無いということがはっきりしたということ。
 野党も同じようなものだから、いかんともしがたい。

 タクシー産業は、まさに、日本の縮図のようなものだ。

 今迄知らん顔をしていたのに、最近になって、違法駐車や、飲酒運転取り締まりが強化されたのも、タクシー需要喚起の意味あいが含まれていそうだが、そんな小手先の施策では、何の効果もないところまで来てしまったのである。
 言うまでもないが、少々料金を下げたところで、需要への影響はほとんど期待できない。
 こんな状態にもかかわらず、企業には変身する気はない。

 教科書的に眺めれば、いずれ、社長の数とタクシー台数が減ることになると想定しがちが、日本では決してそうはならない。大多数の社長は資本を食いつぶしても椅子にしがみつく。その間は、コストの大部分を占める労働者の賃金を下げ、赤字経営を続行する。
 従って、こんな労働条件はひどすぎるという声があがり、企業が赤字にならないように政府がなんとかする訳である。護送船団方式と呼ぶ仕組みそのものである。
 要するに、経済合理性が全く成り立たない産業なのである。こんな産業で適正利益の議論をしても時間の無駄である。

 もっとも、規制などどこ吹く風で、戦う企業もある。典型は、美唄市(人口28,000)のタクシー。200円台での初乗り運賃の登場が引き金となって、激烈な競争が始まったという。(5)
[非協会メンバー3社のみ:昭和ハイヤー(37台), 美唄交通(12台), 美唄北星ハイヤー(27台)(6)]
 金沢でも、赤字覚悟で“各社が一割値下げ”状態だそうだ。(7)
 しかし、こうした競争がどう決着するかは、岩手県、一関地区での変遷で想像がつく。(8)
  2003年、下限運賃での新規参入発生
   ↓
  既存業者が下限運賃へと値下げ
   ↓
  1年後、新規参入業者が県タクシー協会に加盟
   ↓
  上限運賃に復帰
 結局、企業の数が増え、タクシーの台数が増えただけ。

 ところが、これを知っているにもかかわらず、2007年、盛岡市周辺地区で料金値下げが始まったという。「(新規参入組と)同じ土俵で戦うには一番低い値段でやるしかない」そうだ。
 だが、供給は増えても、利用者は増えない。2007年7月の数字では、数で前年同月比5.8%減、額で12.6%減だという。

 言うまでもないが、こうした生産性向上なき価格競争をいくら行ったところで、資本の食いつぶしになるだけ。しかも、地域経済が低迷していれば、市場は収縮一途。これに運賃変更で対応できる訳がない。
 ところが、日本の多数派は規制導入で、業界の状況をなんとか改善しようというのだ。業界団体は与党へ、労働組合は野党へ、それぞれ圧力をかけ、政府に、なんとかしろと要求するのである。こうした動き自体が、日本経済低迷の理由の一端と言って間違いない。
 どう考えたところで、無理筋だからだ。

 日本には、低迷している産業はいくらでもある。赤字で低賃金労働者を抱えている企業など珍しくない。そんななかで、タクシー産業だけ特別視し、しかも、この産業は苦しんでいると称し、労使ともども、政治がなんとかせよと主張する。

 確かに、タクシー市場は誰が見たところで成熟している上、供給過剰だ。
 しかし、そんな状態にもかかわらず、新規参入者がひきも切らず状態。積極増車する既存企業も少なくない。苦しくて、儲からない産業と主張する人が多いが、そんな産業に積極的投資をするビジネスマンがいる訳があるまい。
 要するに、他の産業と比べれば、リスクを勘案すれば、圧倒的に儲かる産業ということ。低金利で金余りにもかかわらず、日本国内に投資先が無い状態なのだから、魅力的な投資対象である。

 この状態で、供給過剰を解消したいなら、競争力を失った企業に撤退してもらうしかあるまい。これを歪めた施策を打てば、悪貨が良貨を駆逐するだけのこと。
 行政がすべきことは、歪んだ要求に乗ることではなく、旅客運送の新しい試みを容認し、投資を呼び込むべき施策を考案することだ。規制をさらに撤廃し、様々な新しい動きを誘発させ、市場の若返りを図るしか解はなかろう。当然ながら、どんな展開をしようが、副作用は出る。しかし、そんなことを気にしていたら、没落一途だ。

 こんなことを言うと、そうは言っても、とりあえず、運転手が生活もできる状況を作り出すべきと主張する人がでてくる。残念ながら、この問題も、行政が対応したりすれば事態は悪化する。違法労働行為を徹底的に取り締まることは重要だが、それ以上、余計なことはしないのが最善である。
 この問題の根は、タクシー業界にある訳ではないからだ。

 先ずは、生活できそうにない給与水準でも、タクシー運転手に応募してくる状況を認識すべきである。東京の道路を全く知らない、地方から来た若い運転手と話せば、そんな状況はすぐにわかる筈である。

 既存のタクシー運転手を救ったところで、どうにもならないのである。マクロで見れば、タクシー産業の雇用増で、失業者増大を抑えた効果に感謝すべきと思われる。

 歪んだ施策を出せば、労働者間のゼロサムゲームになりかねないということである。さらに、資本と賃金のパイの取り合いになったりすれば、不毛な争議だ。もっとも、そうしたい人も少なくないから厄介なのだが。

 --- 参照 ---
(1) アシストタクシー  http://www.assist-japan.co.jp/company/pass.html
(2) 「全国のタクシー運賃改定申請動向」 東京交通新聞 [2007.11.22]
  http://www.toukou-np.co.jp/0710tariffchangecurrent.html
(3) 冬柴鐵三国土交通省大臣会見要旨[2007年11月20日]
  http://www.mlit.go.jp/kaiken/kaiken07/kaiken.html
(4) 大田内閣府特命担当大臣(経済財政政策) 記者会見要旨 [2007.5.15]
  http://www.cao.go.jp/kaiken/0609ota/2007/0515kaiken.html
(5) “美唄でタクシー値下げ戦争 初乗り全道最安 業者「もう限界」” 北海道新聞 [2007.4.18] (有料)
(6) http://www.taxisite.com/cal/addrbook/1/215/1.aspx
(7) 「タクシー値下げへ急転換 大和“奇手”に『事情が一変』」 中日新聞 [2007.9.6]
  http://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/economy/news/CK2007090602046854.html
(8) 「タクシー苦境“火の車” 盛岡地区・値下げ3カ月」 岩手日報 [2007.9.21]
  http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20070921_14
(タクシーのイラスト) (C) Free-Icon http://free-icon.org/index.html


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