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2008.5.15
 
 


胡錦濤主席訪日の見方…

 胡錦濤主席訪日にともない、様々な意見がとびかった。それをまとめる気はないが、少し考えて見たくなった。
 全体の印象だが、孫文ゆかりの松本楼での会食の設定など、企画は優れていたと思う。しかも、不退転の決意で、準備万端整えて来日したこともよくわかった。

 しかし、友好の“風”は微風しか吹かなかったようだ。
 なにせ、オピニオンリーダーが、中国は民度は低いし、海外で中華街があることに象徴されるがごとく、排他的なことが大いに問題と語ったというのだから。
 なにか感じることがあったのかも知れないが、言いすぎだろう。
 経済発展しているといっても、中国は絶対貧困層が存在する国である。日本でのマナーが悪いといっても、そんなことは中国では当たり前というだけのこと。民度を持ち出すのはどうかと思う。
 中国人が排他的という見方も、移民鎖国的な国と、海外で骨を埋めてもよいと考える人が大勢出国する国を比較して、そんなことが言えるのか、はなはだ疑問である。欧米文化とは違い、親族や地域の紐帯が極めて強いから、そう見えるのはある程度仕方ないとしてもだ。ただ、努力して成功すると、現地の人を見下す体質はあるようだが。しかも、現地の政治家を上手く使うことに頭を働かせるから、政商化してしまうことも少なくない。そうなると、政変でも発生すれば、一蓮托生で華僑が叩かれる。そこだけ見れば確かに、排他的なので恨まれるということになろう。
 海外には、中華街だけでなく、インド人街、イタリア人街もある訳で、そのことがことさら問題とは思わないが。

 おそらく、オピニオンリーダーが指摘したかったのは、そんなことではなかろう。中国全般に「中華思想」が際立ってきたということではないか。

 これは確かに言えそうだし、えらく厄介な問題でもある。
 胡錦濤中国国家主席訪日に当たって、日本の首相は、大国にならないという趣旨の発言をマスコミに流したが、中国のトップも似た考えなのかは今一歩判然としないからだ。
 ともあれ、欧、中、米、印の4極体制への流れに乗るつもりだとは思うが、それを円滑に進めるつもりなら、胡錦濤政権は、「中華思想」を抑えることに腐心せざるを得ないのではなかろうか。
 (この流れをヒシヒシと感じるため、ロシアの現政権は大国意識をことさら強調せざるを得なくなってきたのだと思う。)

世界銀行No.2前職者
Joseph Stiglitz ノーベル経済学賞受賞
Lawrence Summers 米国国務長官
Nicholas Stern 気候変動プロジェクト主導
 なにせ、2008年5月31日には、Justin Lin Yifu教授(1)が、Robert Zoellick総裁が采配をふるう世界銀行No.2に就任するのだ。IMF型経済運営指針とことごとく対立してきたアジア諸国をまとめる代表として、欧米から認知されたということである。(2)日本はアジアの代表ではないということでもある。この人事を通じて、中国は、資本主義社会におけるインサーダー化へと歩を進めたのは間違いない。
 そして、オリンピックを機に世界経済の牽引車となることに邁進する姿勢を明確にしている。(3)この成否が次期主席の基盤固めでもあることも知られており、現政権は不退転の決意で望むということだ。

 そのためには、日本との関係改善が不可欠ということで、長期滞在型の訪問に繋がったということだろう。

 しかし、長期間滞在に踏み切ったにもかかわらず、友好ムードが今一歩盛り上がらなかったのは、「中華」的な雰囲気を作り出してしまったからではないか。もしも、折角の努力を無駄にするような動きがあったのだとしたら、それはアジアの盟主イメージを打ち出すことで、軍事委員会での指導力強化を図ったということしか考えられない。
 中国国内では、食糧価格が高騰しており、地方の治安が不安定化しているからだ。これを人民解放軍が黙認することは有り得ないし、株価暴落で上海は現政権の経済運営に不満を持っている可能性もある。権力闘争が始まっておかしくない状況である。

 従って、政権が恐れているのは、天安門事件のような民主化要求運動ではなく、漢民族の民族主義的動きではなかろうか。軍は「中華思想」に染まっており、そんな動きに乗る可能性もゼロではないからだ。
 胡錦濤政権を人権問題で下手に追い詰めれば、危険ということでもある。
 米軍幹部が解放軍幹部との対話エピソードを米国議会であえてもらしたのも、こうした解放軍の体質を伝えたかったのではないか。米国では、台湾海峡での突発事態も有り得ないことではないとされているようで、この4月には、米国から空母が結集した位だ。(4)解放軍との緊張は解けるどころではないのが実情のようだ。
 今回の胡錦濤主席訪日にしても、1年前の、“東シナ海を平和・協力・友好の海とすることを堅持”(5)との声明に続く具体的な話には一歩も踏み込めていないのである。(6)

 人民解放軍が、大国化への道を歩み始めており、胡錦濤政権は、この障害になるような動きは一切できないということだと思う。
 なにせ、途方もなくお金がかかる空母建造をひたすら追及する組織である。安価な巡航ミサイル大量保有の時代に、時代錯誤としか言いようがない方針である。しかし、止めようがない。
 空母を保有すれば、イージス艦もセットで必要となる。そんなことができる実力がある訳ではない。それに、空母のハードにしても、航空機発射装置開発だけでも長期間を要する。さらに、ロシアを見てもわかるように、空母を保有しても、その運営の仕組み作りは大事なのだ。そんなことは十分わかった上で、ロシアから購入したVaryagを整備し、まずは乗員訓練に使うというのだから、あきれかえるほどの遠大な計画で進んでいるのである。(7)
 人民は飢えても、独自核兵器を保有するとの決断に踏み切った毛沢東の軍隊の面目躍如といったところである。

 空母にここまでこだわるということは、南沙諸島一帯の領海化を本気で考えているということである。それによって、東アジア航路をコントロールし、ゆくゆくは南洋の小島を配下に置く姿を思い巡らしているのであろう。現実に、海南島には巨大な海軍基地が構築されているそうで、ゆくゆくはここに国産空母の母港が作られることになるのだろう。三亜市亜竜湾周辺は深度5,000mの海に続く好適地らしく、原子力潜水艦20隻が収容可能な施設(8)も建設中とされる。中国海軍膨張の動きは止まることはなさそうだ。
 ソ連に対抗するために、“張子の虎の米帝国主義打倒”スローガンを下ろし、そのために、中華思想を担いだ毛沢東のことだから、100年の計として、解放軍に大きな宿題を残しておいたのかも。

 こんな状況にもかかわらず、胡錦濤政権に正論で臨むように、日本政府に要求する人は少なくない。しかし、それが何をもたらすかよく注意した方がよかろう。欧州の真似はできないのである。
 それに、中国側からは、日本の政治状況は逐一わかっているのだ。中国政治と人民解放軍の内情はほとんどなにもわかっていないのだから、どう利用されるかわかったものではない。
 世界の大国を目指さないのなら、胡錦濤政権との友好関係に賭けてみるしかないというのが実情だろう。

 --- 参照 ---
(1) 関志雄[経済産業研究所 コンサルティングフェロー]: 「世界銀行のチーフエコノミストに任命された北京大学の林毅夫教授」
  http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/080206gakusya.htm
(2) “China's Justin Lin Yifu named World Bank chief economist” Forbes [2008.2.4]
  http://www.forbes.com/afxnewslimited/feeds/afx/2008/02/04/afx4613545.html
(3) 林毅夫: 「五輪後の中国経済の行方」 人民網日本語版 [2008.3.26]
  [No.1/3] http://j.people.com.cn/2008/03/26/jp20080326_85881.html
  「2030年、中国は欧米を抜き世界最大の市場に」 チャイナネット [2008.2.22]
  http://japanese.china.org.cn/business/txt/2008-02/22/content_10467979.htm
(4) 「【中国時報】米空母の監視 異例の長さに」 琉球新報 [2008年4月14日]
  http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-131123-storytopic-1.html
(5) 日中共同プレス発表[安倍晋三内閣総理大臣-温家宝中華人民共和国国務院総理] [2007年4月11日]
  http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/visit/0704_kh.html#e
(6) 胡錦濤中国国家主席の訪日(日中首脳会談の概要)外務省 [2008年5月7日]
  http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/visit/0805_sk.html
  日中共同記者会見 [2008年5月7日] http://www.kantei.go.jp/jp/hukudaspeech/2008/05/07kaiken.html
(7) Scott Cooper[Australian]: “CHINA’S AIRCRAFT CARRIER AMBITION”Chinese Defence Today [2007.12.8]
  http://www.sinodefence.com/research/aircraft-carrier/China_Aircraft_Carrier_Ambition.pdf
(8) Thomas Harding[Defence Correspondent]: “Chinese nuclear submarines prompt 'new Cold War' warning” Telegraph [2008.5.3]
  [基地写真あり] http://www.telegraph.co.uk/news/newstopics/uselection2008/1920917/
  Chinese-nuclear-submarines-prompt-%27new-Cold-War%27-warning.html
(孫文の写真) [Wikipedia] Sunyatsen1.jpg http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Sunyatsen1.jpg


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