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2008.6.16
 
 


Mahathir前首相の言わんとするところ…

 多民族国家マレーシアが揺れている。UMNO(統一マレー国民組織)を中核とするBN(国民戦線)による絶対多数状況が、2008年3月の総選挙で崩れたからだ。インフレに陥り、犯罪も多発していそうだし、民族対立が発生していてもおかしくないから、当然の結果といったところか。(1)

 そして、Mahathir前首相がUMNOを脱退した。新政党発足とか、他政党との連合に走らず、blogger(2)として活動するようだが。(3)復権は難しいだろうから、その道しかないということだろう。

 卓越した政治家の、突然の動きには驚かされたが、5月に日本で開催された日経新聞主催の「第14回アジアの未来」での話しを読むと、まあ当然の動きではないかという気もしてくる。・・・“米国は対立する国を軍事力で負かしてイデオロギーを押しつける傾向があるが時代遅れだ。政府が倒されても国民はテロなどで抵抗を続ける時代になっている。”(4)という相変わらずの主張だが、ここが肝だろう。

 一見、国内の政治問題とは関係ない話に聞こえるが、言い換えればこんなことになろう。
 ・圧倒的な軍事力で治安を維持し、イデオロギーを糊にした多民族国家を成立させる方策もあろう。
 ・ただ、この方法は、そのイデオロギー的正当性を実感させるために、外へ問題を転嫁せざるを得まい。
 ・経済的弱者に不満が高まれば、イデオロギーそのものに対する反感だけが高まる。
 ・弱者の生活が改善される兆しが感じられなければ、抵抗運動を抑えることはできない。
 ・これを軍事的に抑えれば、テロが常態化するだけで、治安は悪化の道をたどる。
 ・さらに宗教対立につながったりすれば、収まりがつかなくなり、多民族国家は成り立たなくなる。

 従って、こんな道に巻き込まれかないよう、注意しながら、多民族国家を作っていく必要があるという考え方ではないか。(5)

 つまり、表面的には世俗国家そのもののマレーシアだが、いよいよ、どんな方向に進むか岐路に立たされているということだろう。
 イスラム教は政教一致の宗教であり、人口で過半を占めるマレー人がイスラム宗教国家への道を志向してもなんらおかしくない。そうならないのは、多民族国家で、多宗教を容認せざるを得ないだけの話。もしも舵取りを間違えると分裂しかねない危険性を秘めている。
  (日本外務省データ: マレー人66%, 中国系26%, インド系8%)

 今回の総選挙での、野党躍進の根拠は、宗教政党PAS(汎マレーシア・イスラーム党: Hadi Awang党首/Nik Azizクランタン州知事)への支持が集まった州が増えたこと。
 それに、昔、政権から弾き出されたPKR(人民正義党: Wan Azizah党首)Anwar顧問人気もあったと言われている。
 宗教政党とそれに近い政党だが、これらのリーダーがMahathir前首相と思想的に大きく異なるとは思えない。違いと言えば、イスラム教とマレー民族主義のどちらにより立脚するという程度ではないかと思う。

 従って、Mahathir前首相流で考えれば、与野党のどちらに振れたところで、多民族融和が可能なら大きな問題ではない。与党のBNにしても、MCA(マレーシア華人協会) MIC(マレーシアインド人会議)との連合体だし、野党にも中華系のDAP(民主行動党)が加わり PR(人民連盟)を設立できる力があるからだ。(6)
 UMNO脱退の真意とは、この与野党対立に海外勢力の意向が入ると、問題が錯綜するから注意せよということではないか。
 現政権の、Abdullah首相にはその点で問題があると見たような気がする。

 その気持ちはよくわかる。
 この国は世俗国家に見えるが、あくまでもイスラム教の国だからだ。

 多民族だと、サウジアラビアのような宗教国家にはできない。そこで、異教徒や教育レベルが低い層が、イスラムの宗教戒律を守れないのは致し方ないと考えることになる。だが、偶像崇拝/多神教帰依や基本的道徳を無視したイスラム教徒に対しては厳しい背教の罪がまっているに違いない。そんな社会だと思う。
 多民族問題がないサウジアラビアでは、罰則を設けて厳格な規律を守っているが、その社会と本質的には同じ筈。
 しかし、実生活では両国の違いは大きい。それを教義の解釈で容認できるのだ。これがイスラム国の柔軟さだが、海外に揺さぶられるもとでもある。
 と言うのは、どこまで寛容になれるかは、宗教指導者が解釈せざるを得ない体制だからだ。しかも、政教一致の原則を守れば、宗教指導者が政治問題にも係わらざるを得なくなる。もしも、それが抜き差しならぬ意見の対立を招くと大変なことになる。下手をすれば敵対勢力を背教者と断じて、ジハードに到る可能性さえあるのだ。

 従って、指導者間の教義解釈の違いを見抜き、対立を招きそうなポイントをついて煽動すれば、勢力分断を図るのは難しいことではない。
 外部からのこうした動きを絶対に許すなというのが、マレー民族主義者、Mahathir前首相の一貫した立場だと思う。
 日本を見習えと言い続ける理由もこの辺りに根がありそうだ。内部抗争を避け、植民地化を阻止し、世界の強国にのし上がった国を賞賛したくなる気持ちはよくわかる。しかも、敗戦で全てを失っても、経済復活を成し遂げたのだ。どうしてマレー人にはこれができないのか考えたに違いないのである。
 13億人ものイスラム教徒がいながら、どのイスラム教国を見ても、この片鱗も感じられないことに、フラストレーションを覚えているということでもあろう。
 2003年10月にクアラルンプールで開催されたOIC(イスラム諸国会議機構)の演説では、そんな考え方を直接的に語ったと言われている。(7)
 欧米からの強烈な拒否反応を覚悟して臨んだようだが、だからといって、イスラム圏で指導力が発揮できたとは言いがたい。それがイスラムの世界なのだと思う。

 --- 参照 ---
(1) “Malaysia's PM rejects calls to resign” CNN [2008.3.9]
  http://edition.cnn.com/2008/WORLD/asiapcf/03/09/malaysia.elections/index.html
(2) ブログ http://www.chedet.com/
(3) “"I Become A Blogger Because Of Unfair Media Coverage," Says Dr M” Bernama.com [2008.5.31]
   http://www.bernama.com/bernama/v3/news.php?id=336511
(4) マハティール・ビン・モハマドマレーシア前首相-倉和夫国際交流基金理事長対談:
  “ 統合、東アジアから開始を” 国際交流会議「アジアの未来」2008 日経NET [2008.5.22]
   http://www.nikkei.co.jp/hensei/asia2008/22day/22_05.html
(5) Mahathir Mohamad: “multi-racial Malaysia”Mahathir-blog [2008.6.3]
  http://www.chedet.com/2008/06/multi-racial-malahtml
(6) ROYCE CHEAH: “PKR, DAP and PAS to consolidate ties with coalition”the Star [2008.4.2]
   http://thestar.com.my/news/story.asp?file=/2008/4/2/nation/20818051&sec=nation
(7) [原典は見つからなかった. この資料でよいかは不明.] http://www.melbourne.indymedia.org/news/2003/10/56392.php
(Mahathir前首相の写真) Mm un.jpg http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Mm_un.jpg


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