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2009.2.9
 
 


中東政治のひとつの見方…

 2009年1月、オバマ大統領がアラブの衛星TVと単独会見を行った。(1)初会見をアラブの民衆向けにしたことで、前政権と違う姿勢をアピールしたかったのだろう。内容に、特段の目新しさはなかったが、以下のような点を伝えたかったようだ。

 ・問題は絡み合っており、イスラム圏全体での平和を追求していく。
  -I do think that it is impossible for us to think only in terms of the Palestinian-Israeli conflict
   and not think in terms of what's happening with Syria or Iran or Lebanon or Afghanistan and Pakistan.
 ・米国はイスラエルとは強固な同盟関係にあり、その安全保障を担保する。
  -Israel is a strong ally of the United States.
  -I will continue to believe that Israel's security is paramount.
 ・イスラムに親近感があり、間違いで生じる敵対感情を取り去る所存。
  -I have Muslim members of my family. I have lived in Muslim countries.
  -My job to the Muslim world is to communicate that the Americans are not your enemy.
  -We sometimes make mistakes.
 ・曖昧な概念を用いて、イスラムをテロリストの元凶と見なしたりはしない。
  -you will I think see our administration be very clear in distinguishing between organizations
   like al Qaeda
  -We cannot paint with a broad brush a faith as a consequence of the violence
   that is done in that faith's name.
 ・イラン問題は重要であり、慎重に扱う。
  -イランの話はしているが、方針はよくわからない。

 大統領就任演説で、米国民の「愛国心」に火をつけることに大成功したから、それがイスラム世界にもあてはまると考え設定したインタビューなのだろう。

 確かに、中東世界で、米国の政策転換の期待感は高まっているとは言えそうだ。しかし、それは各国政権が勢力拡大の好機と見ているだけのことかも。それが中東の政治ではないだろうか。
 おそらく、イスラムの一般民衆は、米国が変わるとの期待感は持っていない。それは、衛星TVが、イスラエルが行った民間人への容赦ない攻撃を報道し続けたことが大きい。米国はイスラエルと一体と見なされており、両者に対する反感は最高潮に達しているのは間違いないのである。
 しかも、ローマ法王庁法相が、イスラエルはガザを強制収容所にしたと指弾したことがニュースで流れてしまった。(2)
 これでは、いくら新大統領が一般大衆にイスラムへの親近感をアピールしても、状況は変えようがなかろう。外交を活発化させればさせるほど、逆効果かも。

 そう思うのは、ハマスをパレスチナ民族解放戦線の正統な代表と見なすしかなくなりつつあるから。ここが肝心なところ。
 なにせ、Blair元英国首相が、ハマスを参加させた交渉が必要と言い出している状況なのである。(3)
 米国が、ハマスとの対話を始めない限り、動けない状態に陥ってしまったということ。しかし、それを実現するには、従来の外交姿勢の大転換か、工夫が必要となる。オバマ政権は、それに適した人材を登用してはいないから、早晩、中東外交は行き詰ることになりそうだ。

 そもそも、現在のパレスチナ問題の焦点は、イスラエルv.s.ハマスではなく、ハマスv.s.ファタファの権力闘争だろう。ファタファもエジプトのムバラク政権も、ハマス組織の壊滅を願っていた筈で、イスラエルはその声に応えて進攻したと言えないこともないのである。
 そして、その願いは、それ以外に国にも少なからずあった筈。
 ハマスv.s.ファタファの権力闘争とは、米国とパートナー関係を結ぶイスラム諸国の政権v.s.その国内の反政府勢力の、代理闘争でもあるということ。どの国も民主主義制度とは程遠く、反政府勢力は周辺国からの支援で、武装闘争を準備することになるから、こうならざるを得ないのである。中東諸国や米・露・仏は自国の利益を考えて、各国の反政府勢力を利用することに長けているということ。
 ここが中東問題の難しさ。
 それぞれの政権は、権力維持のために、域内でのパワーバランスを考えながら、生きていくしかないのである。
 その機微を無視して動いたのがブッシュ政権。お蔭で、米国は支離滅裂な動きをしてしまった。

 こんな説明では曖昧で分かりにくかろう。
 親米と称されるサウジアラビアの視点で米国の動きを眺めるとよいだろうか。・・・

 まず、イラクだが、米国はわざわざ湾岸諸国が一番嫌ってきたイラン系政権を誕生させた。しかも周辺国が悩みの種であった国内クルド独立運動の基盤を強化させる方向を選んでしまった。イラク戦争の結果は、地域不安定化を実現させただけに映る訳だ。
 アフガニスタンにしても、サウジアラビアは、パキスタン系と見られていたタリバン政権をいち早く承認した国である。(当然ながらその後国交断絶したが。)イランやロシアの衛星国にはさせたくないし、不安定な政権ができて巡礼者が無秩序にサウジアラビア移住を図り始めるのもこまる。実に、厄介である。
 ところが、米国は、そのタリバン政権を打倒し、現在はロシアのパートナー化していると思われる北部の軍閥勢力が(人口比では極く僅かな地域の人々である。)、政府機関の大半を牛耳れるようにした。大統領だけは、半分を占める民族の出身だが、地盤がある訳ではないから、象徴役でしかなかろう。各地の軍閥・部族はバラバラで、利害でどうにでも動く状態に見えるし、ほとんど国家の態をなしていない。しかもタリバンは健在なのだ。こんな状態を実現したのだから、米国はなにを考えているのか、となろう。
 おそらく、サウジアラビアは、当初から、米国はイラクとアフガニスタンで大失敗すると見ていたに違いない。両国ともに、議会制民主主義が成り立つ素地は薄いのに、民主主義などと言い出すからだ。そんなことより、他国に手出しする気がない独裁者による統治が一番有難いという本音を語りたかったところだろう。まあ、そんなことを言えば、政権打倒でも仕掛けられかねないから、口が裂けても言えぬだろうが。

 イラン対処についても、米国政府内部での混乱状況を見て、まともに対応していなかったようだ。と言うより、イランの内情を理解しており、米国の要求を聞き流したに違いない。(ペルシア帝国のイランとは共存策しかありえないということでもある。)
 従って、今後は、この地域における米国の凋落を冷静に眺めながら、できる限り独自の動きを追求していくことになろう。別に、仏や露のように、世界の多極化を追求している訳ではない。中東の政治力学を考えながら政権維持を図れば、そうならざるを得ないというだけのこと。
 ハマスについても、欧米しか見ていないファタファと違い、イスラエルをじっくり研究している組織であることを早くから見抜いている。その力をどう制御するかが一番の関心事項。米国の見方とは、根本的に違う。

 サウジアラビア政権の冷徹な目から見れば、イスラエルとパレスチナの並存は無理との結論に達している可能性さえあろう。以下のように映っているのではないか。

 ・経済的に両者は一体化している。
   -パレスチナ人の労働力無しにはイスラエル経済は成りたたない。
   -パレスチナはイスラエルの産業と市場なくしては経済的に自立できない。
 ・土地への執着が強い人が残っている。
   -パレスチナ住民の多くがイスラエル国民化している。
   -ガザと西岸のパレスチナ土着住民はそこで生計を立て続けよう。
   -イスラエルの入植拡大派が土地を手放すことはあるまい。
   -ヨルダンのパレスチナ難民は帰還し元の土地を取り戻すことを願っている。
 ・イスラエル社会はパニック化してしまったのかも。
   -ハマスの小型砲弾攻撃でイスラエル社会が動揺している。
   -国連組織(指導層は非欧米人)に対して、冷静な対応ができなくなった。
   -マスコミ活用の仕方に焦りが見える。(例:ダボス会議での稚拙な宣伝は最悪だった。)
   -圧倒的な軍事力がありながら、どうにもならないフラストレーションが高まっている。
   -ヨルダンのヒズボラには完敗したと感じている。
   -国民皆兵制なのに、政府は、誘拐された兵士をどうすることもできないので苛立っている。
   -国内でのアラブ系人口の着実な増加による将来不安が蔓延しつつある。
   -将来を冷静に考える若年層がドイツに移住し始めた。
   -発展途上国から、ユダヤ教徒に適合する人達の大量移住を図っている。
   -人種による投票権制限を模索し始めた。(民主主義制度の否定である。)
   -大国イランの大陸間弾道弾の脅威が現実化したと感じている。
   -ロシア製防空兵器のイラン配備阻止に失敗した。
   -エジプト政変を恐れ始めた。(イランが暗殺の扇動をし始めたと見ているようだ。)
 ・パレスチナ社会に宗教色が満ち、世俗主義政治勢力は凋落一途である。
   -イスラエル進攻を神の試練と受け止め、宗教原理主義的風潮が強まった。
   -海外での広範な反イスラエルデモの映像が流れ若年層は高揚している。(特にトルコのデモ。)
   -超長期的なイスラエル追放運動の精神的基盤ができてしまった。
   -モスク破壊者を許すことはできなかろう。
   -人口の大半は子供と若者なので、殉教精神が広まっていく。
   -海外援助で富むだけのファタファ勢力は力を失った。

 それでも、両国平和共存提案を行うしかないのが現実。米国が変わらない限り実現不可能だが、体面上、行っているにすぎない。
 たいたい、万が一、提案通りになったところで、対処療法だから、短期間しか効かない。
 だが、それしか手はないのである。

 --- 参照 ---
(1) “[TRANSCRIPT] Obama's interview with Al Arabiya “Obama's first interview of his presidency was with Al Arabiya”
  Al Arabiya [27 January 2009] http://www.alarabiya.net/articles/2009/01/27/65096.html
  “Al Arabiya anchor: how we got Obama exclusive”
  Al Arabiya [28 January 2009] http://www.alarabiya.net/articles/2009/01/28/65189.html
(2) RACHEL DONADIO: “Israel Condemns Vatican’s ‘Concentration Camp’ Remarks” NewYork Times [January 8, 2009]
   http://www.nytimes.com/2009/01/09/world/middleeast/09vatican.html?ref=middleeast
(3) Matt Falloon, et.al.: “Blair says Hamas needs to be part of peace process” Reuters [Jan 31, 2009]
  http://uk.reuters.com/article/topNews/idUKTRE50U1L420090131
(地図) http://www.abysse.co.jp/world/index.html



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