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2009.2.25
 
 


アフガニスタンのテロ撲滅戦争の見方…

 オバマ大統領が、いよいよアフガニスタンへ米軍の本格的増派を始める。しかし、どの程度の治安維持を目標にするのかはっきりしない。まあ、ある程度は致しかたないが、方針が今もってよくわからない。
 下手に進めると、戦乱が地域一帯に拡大しかねまい。
 いやな予感がする。

 問題は二つ。
 一つは、そもそもイラクとは問題が違うのに、それさえもはっきりさせず、曖昧なままで、地域一帯問題として扱いがちなこと。
 もう一つは、同盟国に、反テロ戦争へのコミットメントを要求しているが、テロ防止になる理屈がはっきりしないこと。

 と言うことで、先ず、イラクの状況を簡単にまとめておこう。
 イラクが平穏になってきたのは、米軍増派の成果でないことを、理解しておく必要があると考えるからである。

 もともと、米軍だけで治安維持を図るなら、今の派兵規模はどても無理だった。そんなことは、戦争開始前から米軍の首脳が語っている。この認識が不可欠である。
 イラク増派で事態が平穏化に向かって来たのは、数の力と見るべきではないということ。米国が、以下のように、方針転換したからだ。中間選挙で敗退し、国防長官が変わり、「民主化」のドグマを捨て、現実主義に変えた結果でしかない。
  〜米国のイラク統治の方針転換内容〜
 ・フセイン時代のスンニ派主体のバース党組織解体路線を棚上げした。
   -おそらく、資金・武器を流した。(治安協力)
   -スンニ派組織に大幅な治安権限を与えた。(事実上のバース党復活)
   -当初の民主化計画を形骸化させ、地域権力者が行う“選挙”を復活させた。
 ・主流シーア派のイランとの交流を黙認した。
   -シーア派の勢力伸張を認めた。
 ・シーア派の新興勢力と旧勢力の分離を図った。
   -新興勢力の民兵を徹底に叩いた。(旧勢力への支援)
 ・クルド人地区については、問題をすべて先送りした。
   -当面、それなりの資金が回るようにした。
   -対立点については、すべて現状凍結。

 上記の方針転換で、戦乱は収まってきたということ。米軍撤退までに、得られるものを獲得しようと、各地の有力者が動き始めたのである。
 本来、初めから、こうしたやり方を進めるしかなかった。フセイン政権は、国軍をテコに専制政治体制を敷いており、この枠組を崩せば戦乱必至だからだ。力で押さえ込む方策を知り尽くしていたバース党と、シーア派の既存勢力をつかえば、治安は維持できた可能性さえある。ただ、新たなフセインが登場することになりかねないが。
 ブッシュ政権は、イラクは、世俗主義で都市型政治だから、民主化可能とふんだのだろうが、そんな文化は表層だけである。徹底的な弾圧のなかで生きる方法を学んできた勢力が、民主主義を信奉する訳がなかろう。選挙とは、地域の権力者が実権を誇示するイベントというのが実情である。

 なにが言いたいかおわかりだろうか。
 その国の実情を考えず、「民主化」を求めたところで、なにも動かないということ。悪化するのがオチ。

 さて、それでは、続いて、アフガニスタンを見てみよう。
 こちらも、同じようなものだが、イラクとは風土が全く違う。それに、今や、どうにも手の打ちようがない状態のようだ。

 もともと、民族が入り乱れており、外部介入で不安定になる体質の国である。
 特に、北方の、人口で1割強の3民族は、ソ連時代のそれぞれの隣国(タジク、ウズベク、トルクメン)の状況を知っている。早く言えば、スターリン型治安維持方法のミニ版志向なのである。独立心旺盛で軍閥型。良くも悪くも利害で動く。ゴタゴタの種だ。
 ただ、今の問題は、南の、人口の42%を占めているPashtun人地域。この民族は、パキスタンでも16%を占めるとされ、政府統治が及ばない部族地域に住む。
  → 「不安定化の元は民族問題 」 (2007年12月13日)

 このPashtun人が反米化してしまったというのが現在の一番の問題だと思う。こうなってしまえば、おそらく、どうにもならない。
(かつて、反ソ連で固まったPashtun人を、米国はパキスタンを通して支援したことがよく知られている。今度は、反米で固まったPashtun人を、イランが支援する構図になりかねないということ。)

 それこそ、軍事的に治安を回復するためには、桁違いの増派と長い年月が必要になるのは明らかだ。
 そんなことは、イラク同様、ソ連の敗戦を見て、初めからわかっていた筈。小単位の部族が狭い急峻な地形に散在しているから、部族総殲滅でもしない限り、とんでもない数の治安要員が必要となることは明らか。簡単な移動式の対空兵器も流れてしまったから、航空兵力の優位だけでは、治めることはできないのである。
 しかも、兵站ルートは山中を延々と続くような道路ばかりで防御は困難ときている。ルートも限られており、一箇所を狙われて断ち切られると前線は孤立しかねない。
 地図を見れば、素人でも、パキスタンから、アフガニスタン南部までの兵站維持の大変さが想像できよう。代替ルート活用ももままならないし。
●アラビア海⇒パキスタンKarachi港→[Pashtun人地域]
 ・中継地Peshawar→Khybar峠→アフガニスタン東部Jalabad→首都Kabul
 ・中継地Quetta→Khojak峠→Chaman→アフガニスタン南部Qandahar
○アラビア海⇒イラン→中継地Zahedan→アフガニスタン西部Harat
○地中海⇒トルコ→グルジア→アゼルバイジャンBaku⇒カスピ海⇒トルクメニスタン→アフガニスタン北部
○黒海⇒ロシア→カザフスタン→ウズベキスタン→アフガニスタン北部

 簡単に問題点をまとめておこう。

 まず、オバマ大統領の主張だが、実にわかり易い。対テロ戦争と言うにすぎない。そのためには、打倒タリバンが不可欠だが、そのような狭隘な見方ではなく、より広域で考えていくという方針。
 この姿勢に対して、いろいろな意見がとびかっているが、以下の2つについての認識を一致させてから議論した方がよいと思う。

 1つ目は、「部族」統治問題だ。

 オバマ大統領は、アフガニスタン南部一帯とパキスタンの部族地域を、テロ組織の温床と見なしているが、この発想は間違いではない。ここがポイントである。
 先進国内で、政治思想を問わず、誰が見たところでテロリストとしか思えない人物にとって、ここは、確かに、“サンクチュアリ”だからだ。
 ただ、それは、現地の人々の視点とは一致しない。だからこそ、この問題は難しいのである。イラクとは大きく違う。
 各部族に、テロリストを迎え入れている意識などある訳がない。国家の概念が違うからだ。自分達を尊重してくれる勢力だから、受け入れているにすぎない。
 どうしてそうなるか考えればすぐにわかる。
 各部族は、狭隘な谷間のような地に、互いに隔離されて生活してきたのである。都会は、そのなかの点。例外的な土地なのである。部族が治めている地域には、もともとまとまりなど無いのだ。
 各部族は、血縁と“誇り”で生きてきたということ。それこそ、子供時代からずっと武器を抱えて、伝統を維持してきたのである。大麻吸引など当たり前だろう。近代の国家間の戦争という概念などある筈もなく、テロとは戦争と同義語である。それこそ部族の“誇り”が傷つけられれば、どんな戦闘が始まってもおかしくない。よそ者が侵入すれば、命をかけて戦うだけのこと。目には目をで、侵入者を駆逐するまで続く。このような部族を武力で抑えるには、一桁上の50万人規模の兵力が必要になろう。戦力不足なら、いつまでもモグラ叩きを続けるしかなかろう。
 ここはイラクとは似ても似つかぬ統治形態。部族長の円卓会議とは、互いの“誇り”を傷つけないような方策を見つけるための機構。政府がリーダーシップを発揮する余地などない。
 部族が本気で反米闘争に立ち上がったりすれば、アフガニスタン政府が統治できる地域は、北方と、都市だけになってしまうということ。しかも、難民キャンプには権力が及ばないから、ここを隔離できなければ、政府は崩壊しかねない。

 2つ目は、タリバンの特異性である。

 一般に、中東一帯の宗教原理主義勢力には、西欧の思想を知るインテリ勢力が含まれていることが多い。現政権だろうが、反体制側だろうが、同じこと。
 ところが、タリバンにはそれが無い。
 例えば、宗教的戒律を重んじるという点でみれば、サウジアラビアの現政権も宗教原理主義と言える。紛れもなく、人権発想を欠如した、専制政治体制である。しかし、欧米と上手に交流することができる。それだけの柔軟性がある訳だ。
 一方、イランは宗教指導者が実質的な権力者であり、戒律遵守命令をだす国家だ。サウジアラビアより宗教原理主義的なイメージだが、庶民の生活はずっと世俗的である。それなりの寛容度を持っている訳である。
 反体制側は権力奪取のために、どうしても、より強硬な宗教原理主義的傾向を持つが、現実を睨みながら、打算的に動くこともできる。宗派対立を超えて、個別課題で協力している勢力は少なくないし、欧米からの資金援助を得ることにも吝かでない。民衆の支持を集めて、勢力拡大ができそうなら、適当なところで妥協を図ることができるということ。

 つまり、宗教原理主義勢力といっても、普通は、ある程度の寛容を示せる組織なのである。

 ところが、ある一点で、タリバンは大きく違う。国民の生活レベルを落とそうと動くからだ。ここに妥協はない。
 こうなるのは、おそらく、自給自足型部族社会を基本と考えているからだ。常識では考えられない方針だが、他の国の宗教原理主義勢力とは出自が違うからだろう。ソ連との戦いで、部族社会はかなり壊され、膨大な難民が生まれたが、タリバンは、この難民を発祥としていると思われる。土地も資産もゼロ。宗教だけで生きていく決意をした集団が核となっているということ。外から見れば、悲惨な生活を送ってきた訳だが、その状態こそが宗教的には理想像と考えているのではないか。そのため、他国の原理主義勢力が見せる寛容性は全く期待できない。

 当然ながら、周辺のどの国の政権も、本音では、支援したくない勢力の筈。(米国がイランに対する敵対的姿勢を続ければ、対抗策として、米国敗退を狙ったタリバン支援が行われる可能性は高そうだが。)

 ただ、パキスタンは、国内問題でもあるから、そうはいかない。下手に対決でもすれば、内戦勃発になりかねないからだ。そして、壊滅方針に踏み切れば、相当な痛手を負うし、勝てる保証もない。インドとのカシミール問題を抱えて、軍人がそんな冒険に踏み切れる訳があるまい。
 このPashtun人問題にどう対処するか、パキスタンのエリート軍人はずっと苦労してきたに違いない。軍内部に抱え込んで、内乱を防止するしかないとの結論ではないか。
 米国からの圧力で、部族に紛れ込んだタリバンとの戦いに踏みこむことだけは避けたいに違いない。国家破綻に直面しており、それどころではなかろう。

 素人がまとめると、まあ、こんなところか。

 さあ、それでは、どうしたらよいか。議論できるか。
 米国が要求する、アフガニスタンでのテロ撲滅戦争支援にどう対応すべきか。
 ・・・唸らざるを得まい。

 --- 参照 ---
(パキスタン側国境線についてのレポート)
  American Institute of Afghanistan Studies: “THE DURAND LINE: HISTORY, CONSEQUENCES, AND FUTURE” [November 2007]
   http://www.bu.edu/aias/reports/durand_conference.pdf



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