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2009.10.5
 
 


県ブランドとは何なの…

〜指数の相対比〜
[(1)から計算]
-県- -%-
- 関東圏 -
[東京都=100]
神奈川
千葉
72
42
栃木
埼玉
群馬
茨城
20
18
16
15
長野
山梨
53
27
静岡
(愛知)
51
37
大阪府近隣
[大阪府=100]
京都
奈良
170
112
兵庫
和歌山
滋賀
79
43
27
「県」の魅力度には相当な差があるようだ。
 「地域ブランド調査2009」(1)の都道府県の結果を見ると面白い。“消費者が各地域に抱く「魅力」を数値化”したものでしかないが、色々と考えさせられる。

 別に上位県に注目した訳ではない。
[巨大都市の東京と大阪を除外すれば、上位は、観光人気都市イメージも寄与していそうだ。北海道(函館,札幌,小樽)、京都、沖縄(那覇,石垣,沖縄)、奈良、神奈川(横浜,鎌倉,箱根)、兵庫(神戸)]

 茨城県が最下位というので違和感を覚えただけ。
 筑波と秋葉原が鉄道でつながり、首都圏化が進んでいるし、水戸や大洗をかかえている。にもかかわらず、日本一魅力が薄いというのは、不思議な感じがする。
 だが、表の数字をみると、なんとなく納得させられる。
 近場の埼玉も五十歩百歩だからだ。さらに、日光や、数々の温泉地を抱えている栃木も似たりよったり。首都圏に近いといっても単に通勤に便利というだけのことで、観光地の方は昔からかわらずで、さっぱり面白みがない地域ということなのだろうか。
 なにせ、長野、静岡の方が人気が高い。もともと、工芸作物に向く気候で知られる土地柄は好かれ易いということでもあろう。

県のイメージが向上すると、県民に実利生まれるとは思えないが。
 データを眺めると、ついこんな話になってしまうが、そんな議論をして意味があるのか、はなはだ疑問。

 例えば、静岡県の魅力度が上がったからといって、東伊豆の観光客が増えるとは思えないし、浜松の鰻の価値が高まる訳でもなかろう。だいたい、焼津や富士の宮の産品に、わざわざ「静岡」ブランドをつけるなど愚の骨頂では。静岡茶という表現も時々みかけるが、掛川茶や、伊豆のぐり茶という名前で始めて意味がでるのではないのか。それはこまるという人達のために、静岡ブランドを作ってどうするつもりなのか。
 有名な地域産品が出れば、「県」にそのイメージがかぶさるのはわかるが、逆を志向してどんなメリットがあるのかネ。中味が伴わず、いい加減なイメージ宣伝で商売繁栄を狙っていると見なされれば、消費者からそっぽを向かれかねないと思うが。

 そもそも、イメージ向上策を、産業政策として考える発想がおかしいのではないか。具体的な産業がはっきりしないままで、イメージを考えてどうしようというのか、理解に苦しむ。

例えば、イメージ作戦で工場誘致はできまい。
 例えば、工場誘致しようということで、先ずは、土地を整備し、美麗なパンフレット作る。次は、各所でパーティを開催し、イメージ向上のための派手な宣伝をとなる。これで、成果が期待できるだろうか。
 本気で工場誘致をしたいなら、どの企業のどんな工場を狙うのか、具体的な絵を描いて見るところから出発するのが常識だと思うが。これなくして、どのようなインセンティブが効果的もわかるまい。
 そんなこともしないでパーティを開催しているとしたら、本当の目的は工場誘致ではないということ。土地を買い上げ、整地工事や、さまざまなイベント費用を地元にバラ撒こうという政策と見るべきである。

 昔、そんな話をして、反論されたことがある。
 その程度のパーティでも成果があがったと本気で語る人がいるのだ。地方政治の実態を知らないのである。政治家が画策して、なんとか辻褄を合わせたに過ぎないのがわからないようだ。

地域ブランドは、県ではなく、「競争単位」で考えるべきである。
 それにしても、市レベルでの比較なら意味もあろうが、東京都と、富山県、佐賀県の点数を比較して、どう考えようというのか。
 こんな数字を見て県が政策を考えたりするのかと思うとゾッとする。
 産品を振興する気なら、当該市場を定義して、そこでの競争力の根源を明らかにするのが出発点である。そして、自分達に競争力があるのか、はっきりさせる必要があろう。駄目なものに、いくらお金を注ぎ込んで、イメージを上げる努力をしたところで、傷を深めるだけだ。
 茨城の魅力度は低いらしいが、東京のスーパーにならんでいる水菜は茨城産が圧倒的。一方、○○県産なるシールをわざわざ貼った、特定野菜の有名産品が売れ残って安売りされているのをよく見かける。○○県のイメージが本当に売上げに効くのか、よく考えた方がよいのではないか。安売りされるのは、たいしたものでない産品を買わわれたことがある可能性もある。

 あくまでも、勝てる根拠があってのイメージ向上だ。それを怠れば、流行っても一過性で、遠からず沈没というのが、現実のビジネスでは。
 この基本を疎かにする政策ほど罪作りなものはないのでは。

競争力向上のために、総合指標向上策を打つのは止めた方がよい。
 話はとぶが、地方政治の一番の問題は、産業の雇用キャパシティ、納税ポテンシャル、変動リスク、を考え、地域経済を支えてくれる分野に優先的に原資を回そうとしないこと。ゴタゴタするのが面倒だから、曖昧でも、一律効果を語れる施策でお茶を濁そうとしがちなのである。
 このため、県ブランドに関心が集まるのだと思う。実にこまったものである。

 よく見かける、全国住み易さ比べも同じような使い方をされていそうだ。
 もともと働き手が流動化していない国だから、こんな数値にたいした意味はないのに、どういう訳か大騒ぎするからである。
 雇用状況が悪く、税収も低い地域は、住みにくいという当たり前の話に、補正するために、余計なデータを付け加えただけのものでしかないと思うが、そんな数値を参考にして県が施策を考えているとしたら、お寒い話だ。

 例えば、住環境なら、昔から、信越・北陸地はレベルが高く、近畿が低いとか、西日本は立派な木を使った広い家がお好きなことが知られている。
 出産にしても、沖縄なら健康保険の一時金でもまかなえるらしいが、東京では30万円はかかると聞く。そして、沖縄では幼稚園の普及率は8割と言われ圧倒的な高さ。信越辺りの3割とは大きな違いがある。
 一方、大学新卒者の無業率でみれば、沖縄は目だって低い。

 このように、地域差があるのはわかりきったこと。だが、それが、何なの。
 肝心なのはココ。

 こんな様々な数字に重みをつけて合成し、どの地域が一番魅力的と考えることに、どんな意味があるかだ。

 県政で重要なのは、こんな曖昧な総合点ではなかろう。
 必要不可欠と考えられる、最低限のレベルをはっきりさせ、まずはそこをクリアすることではないか。

 その上で、個々の項目での比較データを公開すること。そして、その数字をどう見るかを語るべきだ。
 ここができていないのに、外部の視点で作られた総合指標で云々するのは、あまりに無責任に映る。それぞれの数値に意味付けを与えることを意図的に避けているのでなければよいが。

 はっきり言えば、外部の採点結果が悪くても、それは当たり前と公言する見識を披瀝する必要があるということ。当県では、この項目は点数は低いが、ここは暫く我慢する所存と明確に言い切るべきである。そのかわり、他に注力するということ。これこそが本当の政治力である。

 それを避けているのは、全国一律的な動きに、適当に合わせていれば十分と考えているからだ。
 言い換えれば、口先でよくすると言うだけのことで、現状を変えてまで良くするようなことは止めよという政治が横行満足しているということ。
 こんな姿勢をとり続けていて、地域経済が好転するものかネ。

 --- 参照 ---
(1) “「地域ブランド調査2009」調査結果” (株)ブランド総合研究所 [2009年9月10日]
  http://www.tiiki.jp/corp_new/pressrelease/2009/20090910.html
(参考として統計データ) 総務省統計局; 「社会生活統計指標-都道府県の指標-2009」
  http://www.stat.go.jp/data/ssds/5.htm


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