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2010.8.2
 
 

雑感: 参議院選挙[続々]…

〜 自民党は20年前に戻っただけ。 〜
 参議院議長が決まったというのに、参院自民党は議員会長人事でゴタゴタ状態らしい。総会を開催したが“何もせず終えた感じ”だという。(1)
 このままでは沈没と考える改革派が存在しているのだから、会長選挙でこれからどうするか明らかにせよとの動きが生まれているということ。しかし、それが力を持つとも思えない。なにせ、“変えたくない”保守層の頑張りで、改選第一党に帰り咲いたのだから。
 政権交代で利権を失うとのブラフをものともせず、地方選挙目指して必死になって動いた地方政治屋集団の結束の強さを見せつけたと言ってよい選挙結果だった。
 日本は、“変えられる”まで“変わらない”と指摘する人は多いが納得させられる状況である。

 こんな説明がピンとこないなら、参議院比例代表の結果を見るのが一番。

 まず、2010年7月の結果。
 勝利を収めた自民党が集めたのは1,407万票で、公明党が734万票だから、両者合算すると2,171万票。
 それでは、1989年7月の結果はどうだったか。
 自民党は1,524万票で、公明党が510万票。合算で2,144万票。
 20年も経てば、世代が相当変わっている筈だが、支持者数の状況はピッタリ同じ。“変わらぬ”こと山の如し。
(自民党は1989年以前は、改選126議席の70以上を獲得していた。この選挙で惨敗。初めて過半数を割り、それ以後その状態を回復できないまま。政界再編の発火点の選挙。2010年とは、投票率の若干の差はあるが、総得票数は5,617万で2010年の5,845万票より少し少ないだけ。尚、1989年の選挙結果を見て野党代表は“山は動いた”と語った。)

〜 2010年は、20年かけた、ドグマ的野党消滅の総仕上げ選挙だった。 〜
 一方の民主党だが、1,845万票を集めて、前回より大幅に減らしたとはいえ、自民党を大きく上回る。しかし、国民新党と合算しても、1,945万票で、自公の2,171万票をかなり下回るから、政権維持の資格を失ったに等しい。

 さあ、それでは20年前はどうだったのだろうか。そう、民社党はあったが、民主党は生まれていなかった。野党第一党は社会党だったが、この時の得票が1,969万票。
 2010年の1,945万票と正にドンピシャ。何も変わっとらんゾ、と言うこと。
   【1989年】 → 【2010年】
   2,144万票→2,171万票
   1,969万票→1,945万票

 ただ、“ドグマ”を振りかざすだけの野党だった社会党が消滅し、現実政党の民主党がその票を引き継いだという点で見れば、確かに大きく変わった。しかし、票構造を考えれば、それは勝手にそう見ているだけではないか。ここはよく注意した方がよかろう。
 それは“ドグマ”体質を捨て去った訳ではなく、そちらは社民党が引き継いだからだ。だが、その社民党もついに“諸派”へ転落した。まだ224万票もあるが。
 こうして見ていけばおわかりになると思うが、これが今回の選挙のハイライトなのである。
 たったこれだけのことに実に20年もかかったのである。
 “変えたくない”人だらけなのがよくわかる。

 当たり前だが、社会党が民主党に代替され、現実的な政策を打ち出せるようになっても、社会党的な左翼体質が霧消している訳ではない。それは、いつ噴出してもおかしくない。しかし、そうなれば党は分裂するしかなくなり、小選挙区制のもとでは即瓦解を意味するから、平穏が保たれているにすぎない。
 ここを押さえておくことが重要だと思う。(“変わった”のではなく、選挙制度で表向きを“変えさせられた”に過ぎないということ。)

〜 民主党も結局は自民党型政治に落ち着くしかない。 〜
 それにしても、政権交代を実現した割りには、民主党はだらしがないと見る人が多いようだが、それは期待する方が間違っているのではないか。
 小生は、政権交代したからといって、たいして変わるところはないと見ている。
 先ず、一番重要な安全保障だが、定見を打ち出せる組織ではないから、今迄批判していた、自民党が敷いた路線を肯定するしかなかろう。社民党が消えれば、まあほぼ同じことになろう。(米国政権の評価はそのうち急落する可能性が高いが。)
 社会保障政策にしても、破綻への道をどれだけ速く歩むかの違いはあるが、五十歩百歩となろう。どちらの政権にしたところで、歳出を抑制すれば票を失うから、自然増と称する歯止めなき膨張が続く。マスコミもこればかりはダンマリ。

 そういう意味では、新首相の最高のヒットは、自民党追随を宣言した“消費税増税”ではなく、“シーリング予算”と言えよう。これぞまさしく伝統的自民党政治手法そのもの。
 もっとも、コンクリートに税金をつぎ込まないというスローガンだけは大声で叫ぶだろうから、変化の幻想が生まれる可能性はなきにしもあらず。
 こうした民主党の政策の本質を理解するには、政府の林業政策を見るとよい。2009年末に発表されたものだが、細かな林道を沢山作るそうである。コンクリートではなくアスファルトに税金をつぎ込む所存ということ。(2)

 一応、素人の解説をつけておこうか。
 コレ、林業再興のために、人工林の2/3に高密度で道路を作るという施策。ドイツの真似だが、そうすると木材が低コストで安定供給できるそうだ。
 お気づきになると思うが、道路で産業が活性化するという自民党のバラマキ政策とウリ。違いは、エコ風にアレンジする点と、より徹底したバラマキである点。
 そもそも、日本の林業が高コストなのは、森林が山と谷にあり、森のメインテナンスから、切り出し・運搬まで、人手と時間ばかり矢鱈とかかるからである。しかも、流通は眠り口銭だらけとくる。それでも、マネジメントの仕組みを整えれば、十分にペイする地域はあるのだ。しかし、全国一律的なやり方を強要されており、まともなビジネスが生まれることはありえない。
 道路敷設で生産性が向上するような状況には程遠いのである。道路を作れば作るほど、さらなる高コスト負担にあえぐだけのこと。
 素人でも分かる話である。沢沿い道路なら豪雨で百発百中流される。窪みでは水が湧き出てくる。崖はまず間違いなく台風で崩れるし、倒木が道を塞ぐ。日本の森に肌理細かく道路を作るとは、自然の節理に逆らって、一年中補修工事をするのと同義。

 言うまでもないが、このような計画は、現地では大歓迎される。もともと、山間部は道路で食べているからだ。年中崩れる道路ほど嬉しいものはない。集票には最高のバラマキ。
 これが現実政治である。

〜 冷徹に現実を見据え、そこから何をすべきか考えるべきだろう。 〜
 こうなるのはある意味致し方ない。
 なにせ、どの政党も「民意に従った政治」を掲げているのだから。それを踏み外そうとすれば、独裁者のレッテルを貼られ追放されること必定。
 どう見たところで、民意は“変わりたくない”であるから、まともに“変革”に動ける筈がないのである。消費税増税など御免被るの一言で片付けられるに違いない。

 しかし、“変わりたくない”といっても、ここ20年落ち続けた生活レベルをこれ以上下げないように、政治家には“変われ”と要求するのだから虫の良い話だ。政治屋集団が、屁理屈をつけて新型のバラマキ競争に血眼になるのは当然の結果。有能な官僚ほど、その意を汲み取って大活躍という図。これを官僚主導と呼ぶだけの話。
 “変わりたくない”という民意に従うのではなく、“変わらねばならぬ”ことを説得し、将来像を提起することで、国民になにをすべきか語らない限り変革は一歩も進むまい。自民党は地方の既得権益層を基盤としているから、まあ、この役どころは無理。しかし、民主党も思想的にバラバラな組織だから、将来ビジョンなど打ち出しようがなかろう。自民党が敷いた路線の上で衣装を変える位しかできないのである。
 ただ、政権交代は、腐敗防止になるし、新陳代謝も図れる上、政策を練らざるを得ないので、歓迎すべきことではある。それ以上のことを期待するのは無理がある。“変わりたくない”という民意をまともに翻訳すれば、黄昏路線そのものなのだから。

 尚、どちらの政権がよりましかは、条件で変わるが、グローバルに戦っている企業や、これからグローバルに戦っていこうと意気軒昂な企業の判断にまかせるのが一番である。日本はこれからもそんな人達に食べさせて頂くしかないからである。
 ただ、企業人は政治家のように鈍い感覚の人は少ないので、本音はなかなか聞きだせない。

 --- 参照 ---
(1) 「参院自民議員会長人事 林氏は不出馬の意向、神経戦の様相に」 iZa産経新聞 [2010/07/27]
   http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/420610/
(2) 「森林・林業再生ラン(イメージ図)」林野庁 [平成21年12月25日公表]
   http://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/saisei/pdf/saisei-plan-image.pdf


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